2007 私の視点

12月31日PM9:45更新
負の影響を感じさせない町政を・・・
今年が、あと3時間で終わろうとしています。
統一地方選挙の年でもあり、多くの選挙で明け暮れました。毛呂山町でも4月の県議選・町長選、そして8月の町議会議員選挙が、身近な選挙としては施行されました。
 
 私も、皆様より多くの支持を頂き2期目の町議員としての職責を強く感じながら、日々町政発展のために奮闘いたしておりますが・・・
 不況下そして税制改革による財政難施策として繰りひろげられる歳出削減策・歳入確保策には、町の閉塞感をひしひしと感じております。

 今もなお、体育施設の原則有料化について、関係機関への諮問答申の作業が行われている段階ですが、議会に上程されてくるのは時間の問題のようにも思えます。
 公民館の有料化に続いて、町民の皆様に負の影響を感じさせる受益者負担の導入は、時代の変換期とは言え厳しい行政運営を前にして苦しい採決を誣いられるものです。

 国においても、ねじれ国会が招くさまざまな影響に、地方における議員としても絶えずアンテナを高くし、敏感に情勢を見極めなくてはならないだとも痛感しております。

 何事も一生懸命の私ですが、これまで以上に「初心を忘れず」そして、更に冷静に町民の皆様が納得できる、時代に即した活動を目指し頑張る所存でございます。
変わらぬご指導ご鞭撻、そしてご支持をを心よりお願い申し上げます。

 皆様、よい年を迎えられますよう お祈りいたしております。


12月27日AM8:00更新
教育は、師から・・・
 25日の夜は、長くパーキンソン病を患っていた高校時代の先生が60歳という若さで他界され、鶴ヶ島のお寺で営まれる通夜へ出かけた。
 同級の仲間5人と久々に会い、「元気か?」と声をかけあうも、葬儀の場ということもあり鎮痛な思いである。

 焼香が終わり、当時の恩師の先生もお誘いして近くの蕎麦屋で軽く清めをしていくこととなり、恩師の「君は今、なにしてるね」と、それぞれへの問いに、口々に現況が話された。

 高校当時、クラスで一番の秀才は博士号をとり、今は古河市にある製薬会社の研究室で毎日フラスコを振っているとの事。
 また「川越で、水道屋の社長ですよ」の話しや、新座に住む者は
「駐車場などの不動産経営で税金が大変ですよ」と話す。

 私には、「君のとこじゃあ、体育館のガラスが一枚割れただけで新聞に出るみたいだけど、他になにかあるのかい?」と、教育者だけに視点が違うようだ。
 私は、この恩師と今もお付き合いをさせて頂いており、何か問題があった時の相談も聞いてもらっている。

 もう4〜5年前の事、「やあ、元気でやってるかい。今日は雨だからちょっと話しができるかと寄ってみたよ」と先生がみえられた。
 四国のお遍路めぐりがあと半分残っているとか、非常勤で学校の講師をしているけど歳をとったせいか忘れっぽいとか、話しを聞きながらも恩師に会うと目にあついものが込み上げてくる。
 高校時代、迷惑ばかりかけてきたのに、口を開けば「あの頃は、君に助けられたなぁ」の言葉・・・感謝に耐えない。

 教育は、からほどこされ、それを受ける子ども達の人間形成は家庭や環境によってはぐくまれ相互の相乗作用によって成り立つものだろう。
 先日の書き込みでも触れたが、親が子どもを前にして学校や先生の悪口を言うようになったら「批判から信頼関係が失われ、教育そのものが成り立たない構図」ができてしまうのである。

 蕎麦屋での清めが、気がつくと店の閉店時間となり「じゃあ、先生
に焼香するのも嫌だから、早めに同窓会をやろうや」の仲間の毒舌に、私が次期同窓会幹事という事で店を後としたが・・・
(実は、いつも私が幹事なのです)
帰りの車の中、いい時代に、いい先生と出会い、いい仲間と過ごせた事を本当によかったと振り返った。


12月24日〜25日AM6:30更新
基礎学力日本一を目標とするより
           教育の基本を、大事にしてほしい
 24日の朝刊に、本町の町立中学校体育館の窓ガラスが割られる記事が載せられた。
 休みに入り、多分夜の事だろうが誰かがガラスを割って侵入したと記事には書かれている。

 以前は、このような場合何かが無くなっている事が多く、例えば放送用の機材だったり、物取りが目的なのだろうが新聞ではそこまで判っていない。
 また記事では、11月にもガラスが割られたとあるが、これは平日の昼間の事らしく、今回のものとは内容がちがうようだ。

 学校で何か起これば、すぐ「荒れているから・・・」と、子ども達に結びつけやすいが、夜間に忍び込む事については一概には言えないし、不況のなかでは第三者による盗み目的はいくらでもある。
 実際に学校を見て来たが、ガラスが割られたのは一枚だけで、割れた部分から手を入れて内鍵を開けて中に入ったのだろう。

 自分の母校、そしてPTA役員だったこともあり、学校の周りを一回りして思うの事は、学校としての様相として「いかがなものか・・・」という事。
西側のプールのフェンスに張られた目隠しの鉄板のみすぼらしさやグランドの周りの変形したフェンスや雑草など、子ども達を包む環境をまず整いてほしいと強く感じる。

 もう6〜7年前だろうか、前任者の教育長が、福祉会館での子育て後援会の席上、講師に招いた俳優の藤岡弘さんが交通渋滞の影響で講演に間に合わず、場つなぎの講話で・・・
時を守り、場を清め、礼を正すそれが教育の基本であり、それがなくなったら教育は成り立たない」と話されたが、本当にそう思う。

 町長の選挙公約で、「基礎学力日本一を目指す」と掲げられたが、町立小・中学校の現状をよく見極めた上でできると判断した公約なのだろうか。
 教育部局の長(おさ)は町長ではない。あくまでも教育長なのだから、現状と将来的な可能性を確認してからの話しでなければ、公約は絵の描いた餅になってしまう。

 確かに、本町が進める医療費の拡大等子育て支援や学校における教科指導支援員制度の導入は町長が考える教育施策であり特筆すべきものだろう。
 基礎学力、日本一 目標は、高いところに置くのもいいのかも知れないが、先日もふれた「学力日本一の秋田県」の記事は、(19日朝日新聞掲載)44年という長い教育の歴史から成し遂げた結果として紹介されている。つまり、そう簡単な事ではないのだから・・・
基礎学力学力の違い、あとで調べてみます。

12月21日AM5:30更新
道の話しは、今日で終わりに・・
 千葉へ行ってきた話しから、都市計画道路の話しで引っ張ってしまいました。
 昨日、野久保線事業の辺りを通りました。
町道110号より北側の建物が壊され事業の進展が見られますが、地権者のご協力に頭が下がります。

 平成11年の事だったと思います。
東原団地入り口付近の町道拡幅のため、その道に面した私共の土地について協力願いが町からありました。
 計画を見れば「東原団地に入るT字路、つまり私の畑部分だけ道を広げる」との事・・・これには、正直言って呆れました。

 当時の担当職員に「県道岩殿・岩井線より進入する所から拡幅をして、子どもの通学路なんだから拡幅ができる所まで延長しなければ、私はハンコを押さないよ」と話した結果・・・
 県道に面した地権者の同意も得られて、片側はすべて私の畑だったこともあり、私の家の前まで約300m余り道を広げる事ができました。

 また、「せっかく道が広がったのだから、景観のために木を植えて緑を増やす施策はできないのか?」と提案をしましたが・・・
担当職員は「あくまで個人の土地なので、個人の財産となってしまう観点から町としては無理です」。との回答・・・
これについては結局、町道拡幅の土地補償料のほとんどを使い、道に面して53本のカイズカイブキを私が植えました。
そのような景観も併せた施策を、是非とも進めてほしいものです。
カイズカイブキが野木のようになっておりますが、この冬に刈り込み整理するよう造園業の方に依頼してありますので御理解を・・・
 道の話しも、そろそろ・・・と
新聞では「矢祭町議会、議員報酬が日当制!」の記事や、一昨日では「学力日本一、日本のフィンランド秋田県」と、さまざまな関心事に目がいく。
 昨日は、薬害肝炎被害者に対しての国の救済措置について、終日報道がされたが・・・、

 今朝の新聞見出し、「薬害肝炎、国と原告深い溝」は、高校時代に読んだ有吉佐和子著「複合汚染」を思い出す。


12月20日AM7:30更新
都市計画道路の持つ、空間機能は・・・
 昨年の12月議会一般質問で、私は「野久保線事業を進めるべき」と意思表示をした訳だが、議員として周りの意見ばかりを気にして 「大勢が見えてきたからこっちだ」とか「理論的には、こっちかな」というのでは、あまりに優柔不断であり町民に対しても議員としての資質が疑われるものだと感じる。

 たとえ、議決時の議員でないにしても、進められる野久保線事業において凍結や休止の見解が出されたり、それを受けて町民からの声が聞こえたりもするなか、今、議員であればなおさら個々の見解をしっかりと示さなければならないし、それも使命と受け止めるべきではないだろうか。

 私は、野久保線事業で都市計画道路の持つ空間機能が、この地区には特に必要だと感じている。
若山地区および前久保南地区は、昭和40年代当初から急激に住宅開発が進んだ。
当時の開発業者の区画で、現在でも生活道路においては未整備などの不便さに町行政に対しての改良施策が、地域住民から寄せられているのは実状である。

 平成15年の9月議会や平成17年の12月議会でも、私は一般質問で訴えているが・・・
 特に、この地区の防災における対応は、ハード・ソフトの両面で整っていないのが現状であり、火災を考えても道路幅員の狭さで緊急車両の初動体制もとれず大災害への危険も大きいと予想される地区である。

 「住宅密集地でありながら、消防水利も十分に整備されず特に若山地区は、できるだけ早く防火水槽(貯水槽)の増設が必要だ」
と、緊急性の話しもしてきたなかで、やはり大事なのは避難や救助、緑地などのオープンスペースと同様に、火災の広がりを防ぐことにも役立つ、整備された空間機能としての広い道路の必要性なのです。

安全で人にやさしい町づくりであったり環境に配慮し活力のある町づくりであったり円滑な移動や周辺土地利用の整合、これから作られる道(都市計画道路)は、将来を展望できるものでなくてはならない、言うなれば「道路が地域を変える、そして町の未来を変えていくもの」と、道路の持つ役割を知るべきでしょう。


12月19日AM2:20更新
地権者の御理解・御協力がなければ・・・
 都市計画道路は、なんと言いましても地権者のご協力がなければできない事業です。
都市計画道路の線上に、建物を有する方にとっては、「勝手に線を引き、勝手に審議会を開き、勝手に着手した」としか思えないはず。
場合によっては、計画の説明を聞いたうえで建設されている方もいらっしやいますが・・
 立ち退く補償料において、人によっては「高いんじゃないか」と言われる方がいますが、当事者にとってはとんでもない出来事です。
立ち退きに関しては、国・県の算定している補償額が充てられます。
大変なローンでマイホームを築き、その地で生活をしてきた方々には、お金に代えられない大事件ですから・・・。
 御理解を頂き、立ち退いていただくのに5年や10年の時間を要するのは、感情論からも言っても当たり前のことでしょう。

 「改札も無い駅北側に、駅前広場と道は要らない」という論理も、改札の有無は確かに重要な要素ですが、あくまでも交通結節点事業の考え方であり、将来の文化的且つ利便性を有する展望から
動脈と成りうる道からは、鉄道の駅へ連絡する整備された道が必要不可欠です。

 逆の考え方を言えば毛呂山町のような地域で、鉄道の駅において「道が面してない所には、東武鉄道としては改札を設けるはずも無い」ということであり、市街地形成機能を助長する先行的な事業展開と考えるべきでしょう。

 そのうえ現代は、先日の本町3駅におけるバリアフリー法によるエレベーター設置事業(このコーナー12月7日で書き込み)にもあるように、交通機関において高齢者・障がい者に優しい段差のないフラット化が法的にも示されており、必然的にも駅両側改札よりも橋上駅舎化へ移行していくのが将来的に見ても当然の摂理です。

 「少子高齢化により、人口減少は判っているのだから今更橋上駅舎は要らない」という考え方も確かに判りますが、では何人以上の乗降客でなければならないのでしょう。
バリアフリー法を例にとれば、5000人以上の乗降客がある駅が対象であり、武州長瀬駅も含まれています。

 駅利用客は減少ぎみで現時点において、費用対効果の面では効果が薄いように思われますが、道と駅の改良がセットとなる位置づけは、効果の面からも費用対効果は上がるものです。
 また、長瀬駅北側における条件を見ても、新しい住宅開発の余地はあり、駅の利用増と地域の発展を考えた企業と自治体の相互協力による都市計画の展開を図るべきでしょう。

 議会答弁でよく聞いた、「手戻りのない進め方・・・」は、まさに現段階に合った答弁だと解釈できます。

12月18日AM8:00更新
継続は力なり・・・です。
昨日は、ご協力ありがとうございました。積み重ねの結果はいずれ出ると思いますが、日々の継続からなるもの・・・

都市計画道路について、交通結節点事業・緊急的な防災面・少子高齢化時代・市街地形成等などから話しを進めようと考えていますが本日、別件でまとめなければならない事がありますので、「都市計画道路について」の書き込みはお休みいたします。


12月17日AM7:00更新
都市計画道路の考えかたは・・・
隣の越生町では、都市計画道路の進捗率は97%で鳩山町が60%台だったでしょうか。
多くの施設を抱える毛呂山町は25.5%だったと記憶します。
(昨年調べたデータですので、確認いたしますが・・・)

この毛呂山町で、都市計画道路が進まなかった理由は、鉄道2路線が古くから開設し、ベットタウンとして駅周辺への居住区の進出が大きな要因であり、もう一つは政治力だと感じる。
昭和40年代から、都市計画道路は各地で計画決定されており、最近では時代に合った見直しなどもされている。
「計画があるから進める」と一概には言えない道路計画だが・・・

 道路のもつ機能は大きく「交通機能」はもちろん「空間機能」であったり「市街地形成機能」にまで及ぶ市・町の骨格でもあるから、十分な検討・見直しがされているならば将来の街づくりに進めなくてはならない将来を展望した重要な施策である。

 現在、毛呂山町では県道飯能・寄居線において葛貫工区の工事が進められており、市街地では東武越生線の武州長瀬駅北側野久保線事業に着手しています。

 この野久保線事業は、駅改札が北側に無いことや接続する他の都市計画道路の進捗状況の整合性、近々での武州長瀬駅における乗降客の減少などを理由に、町長選挙の争点にまで取り上げられた案件・・・。

 個々の見解はあろうが、見直しであったり十分な検討であったり大事な議決も得て今日まで進められている道路計画である。

 他人事のように聞こえるかも知れないが、私は野久保線を議決した当時は議員ではなかったが、昨年の12月議会で野久保線を一般質問で取り上げ、一議員として野久保線の必要性ついて
「防災の見地も含めて地域の方々への説明を十分行い進めるべきだ」と述べてきた。
 これは、慎重に取り組まないとならないので、続きは明後日にします。
 別件でお願いがあります。私のHPへのアクセスを
井上健次もっといいまちへでされていると思いますが、できましたら井上けんじでアクセスしなおしお気に入りに加えて頂ければ幸いです。
YAHOOでは2番目に、他では最初のページの6番目くらいに位置するようになりました。皆様のおかげです感謝 


12月14日AM6:30更新
道の話しから、地球から見れば、人間なんてチッポケなものです。
 入西(にっさい)地区の今の街並みは、「20年前は広い田んぼだったんだよ」と言っても信じられない人もいるのではないだろうか。
私は、スパン(距離・支間・径間・渡り・時間的な幅)という考え方で物事を見ることが多い。

 人間のスパンは、寿命から考えれば概ね70〜80年だろうが、家庭の中で親と重複する時期や人生の働き盛りという考え方では40〜50年くらいなのかもしれない。
 では、都市計画のスパンは?となれば、入西や日高市の高麗川駅周辺を見ても感じるように20年程度はかかってしまうのだろう。

 引き合いに出していいか判らないが、地球のスパンは地殻の変動から200年〜なのかな?と考えてしまう。
(地殻の変動からで、もっとちがう宇宙の位置づけでは、何万年が1スパンでしょう。恐竜の時代が滅びた理由にも及んでしまいます。)
ここ数年、新潟県では大きな地震が起きているが、そのような時マスコミから報じられる文献など大昔の記録や言い伝えられる記憶で、そのくらいの時間的な幅を感じるからである。

 だから、「地震の多いあんなところに原発を作らなくても・・・」と言うのは、地震国であるこの日本では「では、どこだったら地震が起こらないの?」と言う問答に結びつく。
備えあれば憂いなし阪神淡路の大地震で、高速道路の橋脚等の耐震基準が見直され、全国の高速道路の橋脚補強が緊急に行われた。

 よく考えれば、これも人間のスパンと地球のスパンのズレであり人間のスパンで知り得なかったデータが、何百年の地球のスパンで巡り起きて判明したデータであろうし・・・
それも現段階のデータでしかなく、いつ?それを上回るエネルギーで地球が暴れるのかは、誰も知る由しも無いこと・・・。

 備えあれば憂いなし施策も、追いかけっこをしているように地球は人間を面白く見ているのでしょうか?

都市計画の話しが、スパンへの自論になってしまいました。

12月13日AM7:30更新
道は動脈、地域の発展は道により左右されます。
一昨日、千葉のアパートにいる息子から「寒いんでコタツがほしいんだけど」と連絡があった。
12月議会も終わるから、「12日の夜行くよ」と昨夜8時過ぎにコタツやら食料などを買い込み出かけたが、平日で時間的にも良かったのか関越道−外環道−湾岸線−東関道−館山道と空いていて勝浦まで2時間15分で着いてしまった。
湾岸を走る時、いつも感じるのは右手に見える東京の夜景のすばらしさです。あの夜景を見れるだけで、千葉へ行く夜のドライブは嬉しくもなります。
荷物をおろし、「なんか変わりはあるかい?暮れはいつ帰ってくるんだい?」とビールを飲みながら聞けば「26日から栃木で合宿だから30日かな」と・・・
男だから、あまりべらべら話しもしないし・・・そんなもんで1Kの狭い部屋で寝て、3時過ぎに勝浦を出たが、帰りはもっと早く妻の運転でも5時過ぎには我が家に戻ってきてしまった。

 昼間では、首都高速もノロノロだが明け方を疾走するトラックの群れは、物流の面からも日本の繁栄を物語っている。
 それもそうだが、日本の道の進化はすごい!時間帯の関係もあるが2時間で勝浦まで行けるのだから・・・一昔前なら考えられない早さです。

日本の国土を体にたとえると、高速道路は大動脈で国道・県道は動脈だろうか。場合によっては流れが悪い所は手術(工事)でバイパスが付けられる。生活道路は毛細血管とも言える。

大動脈や動脈のように流れがいいところの近くでは、都市が形成され工業・商業・居住区が張り付く。

そのいい例が近くでは、坂戸市の入西地区だろう。


12月12日AM7:00更新
委員長報告のまとめは、めっちゃ・・時間がかかります。
 今日は、12月議会の最終日である。
二委員会(総務文教常任委員会・生活福祉常任委員会)に付託となった5議案・4請願について、各委員長の報告そして、採決である。
毛呂山町議会は、大変活発?ですから委員長報告をまとめるのも時間がかかります。

 特に、今回の付託は生活福祉常任委員会に5議案・3請願と1委員会に偏ったため、その委員長さんはかなり苦労されたのではないだろうか?
私も、一請願の報告書をまとめたが、一つでもテープ起こしから半日は時間がかかるのものだから、集中して懸からないと・・・
また、委員さんへの配慮もあるので、そのあたりに気がつかわれます。

 毛呂山町の今議会では、大きな案件は先に特筆したように「土地の埋め立て等の規制」と「水道事業給水条例の一部改正」請願では「循環バス」ですが・・・
 今朝の新聞では、川島町議会「川越市との合併推進決議案可決」
に目が行く。

 川島町は、2004年の1月に合併にかかわる住民意識調査を実施しており、その7割が「川越市との合併が望ましい」と回答を得ており、川島町長も川越市長へ合併の申し入れをした経緯がある。
その時の、新聞の記事を思い出すが川越市長も「選択肢の一つだが、これからは広域的な合併が望ましいのでは・・・」だった。

 川島町議会の、この時期の議決は来年以降なんらかの展望があっての事では・・・?
しっかりと、町の姿勢を川越市側に見せた訳だが、広域合併を踏まえて毛呂山町としても「対岸の・・・」の傍観者ではなく、しっかりとした情報を掴んで本町の指針をも見極めてほしいもの!。

一機に、レインボーで気運が高まるのか・・・!
しばらくは、議会・議員としても気が抜けない動向です。


12月11日AM7:00更新
三つ子の魂百まで・・・ 子どもの資質は、親の責任です!
 近所にお住まいの方が先日来られて、息子の中学校進学を私立中学校に決めたと言う。
町立の中学校が荒れているのが理由との事だが、最近特に川角中学校の生徒の話しを耳にする。

学校と言う聖域と題して5月29日に書き込こんだが、続きが書けずにそのままになっていた。
後で書き足すが、「家庭の領分と学校の領分をわきまえる親(保護者)が少なくなったのだろう・・・」。とつくづく感じる。

 私がPTAの役員時代、「親が子どもを前にして学校批判・先生批判をすれば、子ども達は勝手な解釈から先生の言う事も聞かないようになり、教育が成り立たなくなる。特にPTAの役員になっている保護者の口から、そのような学校批判が出れば役員としての信憑性から保護者の中に学校に対する不満が蔓延し、悪いスパイラル現象から学校が荒れてしまうんだ」と・・・
 光山小学校・川角中学校は以前から、その悪い影響が続いているように思えてならない。
(スパイラル:らせん、渦巻き、回りながら増幅する様)

 私の自論だが、とにかくPTA役員は同じ概念で取り組むように考え、PTA事業を行うのも一つ一つ事業の意味を掘り下げ会議を重ねて丁寧に保護者に呼びかけた事を思い出す。
(ただ、学校の運営に対して異論がないということではなく、当時の校長先生とは二人だけの話しだが、よく議論を交わしたもので今思えば校長先生に対して大変な暴言まで口にした時もあった。
 それでも毎週月曜日の朝には、校長先生から前の週末に起こった事件などが逐一電話で報告され、学校をなんとかしたい思いは、まさに二人ともが同じだったのだろう)
 取り入れた事業も多かったから、私と一緒に役員をされた方は大変だったと思うが、なによりも先生方が協力的で校長先生をはじめとして多くの先生方が色々な事業に、嫌な顔も見せず参加してくれたのは嬉しかった。
「この学校をなんとかしなければ・・・」という概念の共有があったからでしょう。

 学校は波があって、一度荒れ始めると早くて3年遅くて5〜6年は落ち着くまでかかるものです。
 保護者の中に生まれている学校に対する疑念をなくし、お互いの領域をわきまえた、信頼関係を早く取り戻す機運が必要なのだと強く感じます。

追伸:最近、書き換えや書き足しが多くなっております。以前書き込んだものまで見直して頂きますと幸いです。

12月10日AM7:45更新
憶測は、不当な影響を与えるもの
 人が抱く憶測というものは厄介なものだと感じる。
 特に、それが議会における議案であったり、請願においての内容から、それぞれ個々が抱く事はしかたないにしても(文言から要旨を理解するのは、当然だが、憶測はそれ以上の勝手な推察)
それが言葉となり他へ波及した場合「率直な意見の交換もしくは意思決定の中立性が不当に損なわれるおそれ」が生じる。

 今回の「目白台循環バス廃止に伴う住民の交通手段の確保に関する請願書」でも、9月議会の際に議会運営委員会の期日に間に合わないため、陳情の形で議会事務局が受付けた。
 その後地域の関係住民2146名の署名を経ての請願となり、この12月議会に上程された案件。

 その請願書における文言の内容、文の構成からさまざまな憶測が言葉となったが、未成熟な情報や事実関係の確認が不十分であるならば、ただ混乱を招くばかりなのだから言うべきではないだろう。
 その行為によっては適正な意思決定を行うことそのものを保護するのではなく不当な影響をも与えるからである。

 特に、それが十分な経験や幅広い識見を有する人間からでた言葉ならなおさらであり、「請願が採択されれば誰が有利か?」などは行きすぎた利権にまで及び、強いては請願本来の意味までを見失う事になる。

 議員必携を見ると、請願の採択は・・・
「願意が妥当であるか」、「実現の可能性があるか」そして「町の権限、議会の権限事項に属する事項であるか」であり、それらが適わなければ不採択とするほかない。
と書かれている。
また、議会の自主的判断がなされているかについて
「執行機関の意見を尊重するあまり、議会の自主性を失ってはならない。請願の審査は、議会の権限であり、執行機関の意見はあくまで参考に過ぎないものであるから、これに拘束されることなく、議会が自主的に判断し結論をだすべきである」
とも書かれている。

個々の意見を見極め、常に冷静な判断を・・・それが大事です。


12月7日AM7:45更新
一日5000人以上の乗降客がある駅には、バリアフリー法によるエレベーター設置が義務づけられています。
 12月議会も終盤に入りました。
本日は委員会付託で、私の総務文教常任委員会では、町内循環バスの請願審議であります。
 審議に入る前に、バリアフリー法により東武越生線の川角駅・武州長瀬駅・東毛呂駅に設置が計画されているエレベーターについて現地での説明が行われます。

 この3駅のエレベーター設置については、議員全員協議会が開かれ縷々(ルル)執行部側からの説明があり、議員の中では「国・事業主・町(県よりの起債がある)が設置に費用を出し合うのだからと言っても3駅同時は場当たり的だ」と言う意見も出ました。

 私はこんないい機会はなく是非3駅同時にやるべきだと考える仮に、「1駅とか2駅だけ先に・・」と言う考え方でいけば、尚更「なぜ3駅同時にやらないんだ!」という話しが飛び出す案件だろう。

 特に東武鉄道側とすれば、平成22年までにやらなければならない法で謳われる義務であり、その自治体の協力の有無では事業の進捗面でも苦しくなる。
 今回のエレベーター設置計画では、町負担は7700万円との試算だが、この財政難での事業協力なのだから町としても東武鉄道側に対して今まで問題となっている、車のすれ違いができない下川原地区、日化団地脇の踏み切りの改良協力くらいは強く求めてもいいのではないか!!

 私が言うまでもなく、そのくらいは掛け合っているのでしょうが・・・先をみた相互協力が必要であり、欲を言えば目白台団地の住宅開発で利用増が見込まれる事や、埼玉医科大学病院や観光目的で本町を訪れる方が乗降する、東毛呂駅全体の抜本的な改良を考えてほしい。

 なんと言いましても、「駅は、町の顔」です。
毛呂山町へ訪れた方の目に、住みたくなる町と映るよう、やさしい町づくりを見せてもらいたいものです。
 

12月3日AM6:45更新
請願権・・・国民の権利を感じる12月議会開会
 本日から、毛呂山町12月議会が開会されます。
12月議会としては、議案も多く12日までの会期で審議されることが議会運営委員会で決められました。
 議案として特筆するものは、毛呂山町土地の埋め立て等の規制に関する条例が、県下3番目として審議されます。

 また、毛呂山町水道事業給水条例の一部を改正する条例では、小沢町長の公約の一つでもある、水道料金の値下げが水道審議会で諮問答申の経過を経て、議会の場での審議そして採決の段階となりました。

 特に、この議会で感じることは請願の多さでしょうか・・・
なかでも、「目白台循環バス廃止に伴う住民の交通手段の確保に関する請願」については、多くの議員が町に求めていた町内を循環するバス運行へと、一部地域の問題から町全体の問題と内容が変化してきたものです。

 請願は、憲法16条で定められた国民の基本的権利の一つの保障でもあります。
これからは、請願権に則り議会でも多く審議・採決される時代なのでしょうが、財政が厳しい地方自治体ですから、より慎重に取り扱う事も重要です。

 私は、今回一般質問で三点の質問を通告しておりますが、まだまだ質問の全容はまとまっていないので、しっかり調べて懸かりたいもの・・・

 ドリカムは、「決戦の金曜日」ですが私の「決戦は水曜日」です!。

11月30日AM8:10更新
今日は、我が家にとって決戦の金曜日なので・・・
 昨日の書き込みには、見て頂いている方々において、気になる事があったのでしょうか?。
 アクセス解析という事をよくするのですが、昨日のアクセス数は久々に急上昇でした。

 見て頂いている半分は、毛呂山町の役場がなんと言いましてもトップなのですが、個人でもなんとなく「あの人かな?」と想像できるサーバーのアルファベットと数字の羅列が並びます。
 上田知事とのやりとりがあった時期は、埼玉県庁のURLがアクセス順位の2番目にきましたし・・・

 町の行政批判をすると、だいたい急上昇するのですが・・・その反対も在り得る事を再確認しました。

 今日は、理由があって忙しい日になりそう・・・なのでつまらないブログで失礼します。


11月29日AM7:00更新
毛呂山町のホームページは、凄い!
ユビキタス・コンピューティング、そんな町づくりもいいですね!
 前日の書き込みに、続きを書き加えようかと思ったが、もう少し新春マラソンから毛呂山鎌北湖マラソンに移り変わった経緯もわからなければ・・・と、
 また、衝動的に物事を捉えずに、時間をかければ違う視点も見えてくるものです。

 と言うのも、先日ある方から「井上さんは、ホームページの書き込みを何時(いつ)しているの?」と聞かれ、私は「何も無い夜は、寝るのが早いから深夜の2〜3時に目が覚めるので、それから起き出してからかな」と答えたら「だからかな・・・ラブレターは夜中に書けって言うとおり、気持ちが入るんだよね。井上さんも、書き込みを昼間の時間帯にすると、また内容が変わってくるんじゃない?」の言葉

 昼間は、とてもそんな時間は無い・・・
しかしながら、その言葉は一つの忠告・・・書き込む一字一句は、私の責任でもあるから指摘や批判において、衝動的にならないようにと改めて感じる。
 
 12月議会を前にして、調べる事が増える・・・
今回も一般質問を出しているが、調べる都合で毛呂山町のホームページを開くと、その内容の濃い事にも驚く。
 特に、議会関係の会議録は検索もしやすく、過去の町執行部側と議員とのやり取りが、手に取るように見られるのは嬉しい。

 以前、「毛呂山町のホームページをもっと充実させて、多くの皆さんに見てもらえるものにするべきだ!」と、一般質問をした事があったが・・・
 現在では、毛呂山町のホームページは、近隣市町に類を見ない程の充実したもので、一つの誇れる町の顔ともなっている。

 PDFというファイルの手法は、いくらでも使えるわけだから・・・
これも、以前このコーナーに書き込んだ事があったが、町から議員に貸与されたパソコンも大変役立ってはいるが、町ホームページで更なるPDF活用をすれば、町のホームページの引き出しが増える事により議員貸与のパソコンも町へ返せる筈!

 となれば、そのパソコンを山根荘で、高齢者の皆さんに使って頂いたり・・・。児童館や学童保育所で子ども達に使ってもらえるのではないだろうか?。

 ユビキタス・コンピューティング (ユビキタスはラテン語で神のごとく遍在するという意味・・・いつでも、どこでも自在にコンピューターが使える環境)を、いち早く取り入れた町づくりが「この毛呂山町ならできるのでは?」と・・・

 そんな可能性の高い、町づくりを期待する朝です。


11月27日〜28日の朝 更新
コンセプト・・・それは、どんな事業にもなくてはならないもの!
 週末連休の3日間は、町でも大きなイベントが続いた。
23日の「ゆずの里ウォーク」、24日の「もろやま鎌北湖マラソン」、そして25日の「もみじ祭り」である。

 水田推進協議会は、24日の鎌北湖マラソンに協賛している関係から役員として参加したが、天気にも恵まれ多くのランナーで賑わった。(本ブログ10月23日で、経過説明)
 しかしながら、子ども達の参加が少なかったのは残念でもある。
もともと、この毛呂山鎌北湖マラソンは年明けの新春マラソンの代わりで、この時期に開催日を変えた大会だから従来通りスポーツ少年団の参加があるものだと・・・

 子ども達の参加が少ないことを大会関係者に聞いたところ、この時期はスポーツ少年団の各組織は、まだシーズンオフではなく土日においては、町内外で公式あるいは練習での対外試合があるため、日程の関係からマラソンへの参加が難しいとのこと・・・

 いろいろな改革?で町事業において、時期であったり内容であったりがこの何年かで代わってきたが、先日の産業まつりにしても今回の毛呂山鎌北湖マラソンにしても、言うなればコンセプト(基本的概念・全体を貫く統一的な視点や考え方)がズレてきているのではないだろうか・・・

 当然、おおきな事業になれば各実行委員会などが開かれ、検討しての実施ではあるが、その段階から物事の運びについてコンセプトを見失っている気がしてならない。
 
ここで、日本人の悪い癖でしょうか・・・とかく英単語を使う事が、カッコいいように思える? かのように用いますが・・・、
 以前、親戚の叔父さんからも「たまに使われるカタカナ言葉の意味がわからないよ。できれば、その意味も書き添えてくれると嬉しいねたとえば、ノーマライゼーションってなに?」と言われて、自分だけの解釈が多くの皆さんに通用しない事を感じた。
 それからは、できる限りその意味を書き添えているが、今回のコンセプトの引用が適当なのか?と考える・・・



11月22日AM8:00更新
原油高騰、あらゆるところで負の影響・・・
 昨日、燃料の営業マンが来て、「いままで、1リットル60円台でしたけど来月は70円台になり年明けは、もしかすると80円台も在りえますよ」との事。
 我が家は、野菜の施設栽培をしているが、この時期はビニールハウスの暖房用温風機の燃料、A重油の価格が気になる。

 一昨年は、30円台後半から40円台だったから約2年で倍になった計算だ。
 たまたまこの時期、植物が生育するうえで必要な最低限界温度の比較的低いの栽培に切り替えていたからいいようなもので、トマトやきゅうりではコストの面で大変だった。

 なぜなら、トマトの最低限界温度は約7であり、きゅうりにおいては約12も必要とする。
 寒さの厳しい冬では一夜でドラム缶1本、つまり200リットル以上燃えてしまうから、この冬は一晩で1,5000円以上、油が燃えてしまう施設栽培農家がほとんどであろう。

 の最低限界温度は、約5だから比較的に油を燃やさない作物と言えるが、それでもこの燃料費の値上がりは厳しいもの・・・
[ここで、苺のなぜ?の話し]
 普通に畑で栽培されている苺は、5月に実を一度着けたら終わってしまいますが、ビニールハウスで作られる苺は、この11月頃より来年の5月過ぎまで約5回から多いものでは8回以上も苺の果房を出します。
 それは、苺の花芽分化によるもので・・苺は冬を短日と低温で知り春を長日と20以上の暖かさで知ります。
 これから、スーパーなどで出回る関東産の苺は、夏の時期に低温にあてられ「苺に冬を教えて」から9月にハウス内に定植されたものです。ハウス内では、日中25くらいで栽培されますから「苺にとっては春」つまり花を上げて実を着けます。
 何度も果房を出すのは?簡単に言えば「苺が寝ぼけている」という事で・・・
 夕方から朝まで5の冬、日中は25の春ですから、苺も冬なのか春なのか解らなくて大変です!。

 今朝の新聞では、横浜の小学校、給食日数削るの記事・・・?
原油高騰で食材の材料費が上がり、給食の費用が計画(予算)を上回ったとの事。
 来年の1月8日・9日は、授業を短縮し午前中で生徒を帰すことで
「二日分の給食を削る」のだと言う。

 小泉改革の最中、あちこちで使われた米百表の話し・・・
明治維新期の長岡藩の小林虎三郎が、送られた米百表を子ども達の教育に役立てた話しだが、教育が現在の原油高騰には勝てないのか?

授業時間を削るしか、対応が無いわけではない。
小林虎三郎と同じように、教育を重んじる対応をとるべきで・・・
 今日は、まだ三面記事の片隅に書かれていたが、またワイドショーが取り上げたくなるニュース?なのだろうか。

 経済に負けない、そして経済に振り回されない、
      しっかりとした子ども達の教育環境を守るべきです。


11月20〜21日AM4:45更新
産業まつり、準備から片付けまで・・お疲れさまでした。
 好天にも、恵まれ毛呂山町の産業まつりが盛況のうちに開催されました。

今回、会場を町役場駐車場と、JAいるま野毛呂山支店駐車場とに分けての開催を、来場される皆様はどのように思われたでしょうか?。
 私も「もろやま米をPRする会」として急遽参加する事となり、その準備中ちがうブースの方が来て
「わざわざ別々の会場にする事ないでしょ、お客さんだって大変だし、いろいろ販売する方だって売り上げも上がらないよ。一緒にやった方がいいんだから来年は一つの会場になるようにお願いしますね」と話された。
 
 9月議会で、産業まつりを二つの会場に分けて開催する事に対して、一般質問で取り上げ
「町民の皆様に、駐車場や移動の関係で負の影響を与え、特に高齢者や障がいをもたれている方々にも支障がある。時代に逆行する産業祭りではないか・・・と述べてきた。

 とは言え、産業まつり実行委員会で決まったいじょうは、とにかく来て頂ける多くの皆様に、「内容のある・・・楽しんで頂ける産業祭りでなければ・・」と、当初の関係から毛呂山高校の先生・生徒をはじめとして、ワラ細工の小室さん・・・と、さまざまな方々の協力での参加となったわけです。

 カレーライス・つきたて餅・もつ煮込みの準備から二日間の販売、小室さんのワラ細工展示、本物の俵かつぎ体験と内容は濃い?ものでしたが、好評だったのが餅部門とワラ細工そして俵かつぎでしょうか。

 特に俵かつぎでは、挑戦者が現れると50人から多いときは100人以上の人が集まり、固唾をのんで俵をかつぎあげる瞬間を見守ります。
 成功する確率は約50%・・・?かつげた達成感とかつげない屈辱感とが入り混じり、人間の複雑な一面を垣間見るイベントです。

 なんと言いましても、
「昔の人は、この俵が担げなければ一人前と認めてもらえず、仕事もなかったんだよ・・・!」
と訪れる高齢の方々が話されるとおり、その時代の生活に密接した最も基本的な仕事だったのでしょうし、米・麦・さつま等の供出で生計を経てていた時代でもあります。
俵の存在無くして生活無しでしょう。

 高齢の女性の中にも、若い頃は担がれた方もいるようで・・・
懐かしい感触だからか?本当に多くの方に俵をさわって頂けたことが何よりです。   来年は、女性専用の俵も作る予定です!。

 俵を作って頂いた、小室さんのワラ細工コーナーも人盛りで来年は「ギャラリーKOMUROにコーナー変更かな?」とか「ゆず娘コンテストもよかったじゃん」・・・
と、すでに来年の話しで盛り上がる慰労会でした。

 「飲食関係の販売ばかりが目につく・・」と言われても、毛呂山町の産業まつりは近隣市町にない、盛り上がりのある産業まつりだと言えます。
 今まで長い間、各ブースで頑張ってきた多くの方々の産業まつりに賭ける思いがあるから現在の毛呂山町産業まつりにつながっているのだと言っても過言でない我が町のまつりではないでしょうか。
私の政策
産業の交流を進め、活力あるまちづくりを目指します」のとおり・・ 更なる毛呂山町の発展築く、産業まつりになるよう、来年も多くの皆さんと頑張りたいと思います!。


11月16日AM9:00更新
毛呂山町の発展築く、産業まつり
いよいよ、毛呂山町産業まつりが開催されます。

「もろやま米をPRする会」と、水田推進協議会の兼ね合いから組織の名がつきましたが、10月23日の書き込みで書いたとおり予定が変わり、急遽集まった仲間とどのような参加となることやら・・・

 もろやま育ちの餅米で餅をつき、からみ餅・あんこ餅・あべかわ餅
もろやま米でカレーライス、そしてもろやま米を詰めた約65Kgの俵かつぎで5Kgの新米ゲットの名づけて「俵でGO!」
 いきなり仲間が、「モツの煮込み」をやるとか言い出しました。これはもろやま米には、関係ないけどまぁいいかぁ・・・

今日の夕方から、仲間と仕込みですが知り合いから借りた五升炊きの釜が不安・・・いままで五升の米を釜で炊いた事がないから、それも夕方挑戦です。


 天気が心配される二日間ですが、多くの来場者を心よりお待ちいたします。

11月14日AM7:30更新
毛呂山町の特産、柚子が大豊作です。
 朝晩の冷え込みが増し、ストーブがほしくなる時期である。

先日、阿諏訪へ用があり、知り合いのお宅で今年の柚子の出来をうかがった。
 今年のゆずは、近年にない豊作とのこと。町で実施しているゆずのオーナー制のゆずの木も今年は木いっぱいに実り、オーナーさんにも喜んで頂けるのであろう。
 
 昨年そして一昨年と、ゆずは不作で冬至まえにJA直売所で行われる、ゆず部会が開く売り出しでは開始一時間で品切れてしまい、買いに来たお客様から苦情に近い言葉が聴かれた。

 1ヶ月前の新聞では、全国的に銀杏が何年来の大豊作という記事が書かれており・・・
確かに、我が家の蔵の横にある銀杏も、実が成りすぎて枝が折れてしまい、落ちた枝で蔵の瓦が割れ・・・と、とんだ被害である。

 柿も豊作で、車で走っていると収穫してもらえず木で熟した柿があちこちで見られ、異状気象といわれる酷暑の夏だったが成り物には適していたのだろうか・・・
豊作により、そのものの価値が下がる年になりそうで生産者からみれば「豊作貧乏の年」!?。

 議会でも、町の特産品である「柚子」について、私もそうだが何人かの議員が一般質問で取り上げ、その結果一昨年から ゆずのオーナー制が導入された。
 その成果が、はっきり見られるのが不作の年ではなく、今年のような豊作の年でなければならない筈・・・
 
 昨年、菓子の事業所が毛呂山の柚子を使ったケーキを創り、期間的には一時期かも知れないが多くの販売所で売られることは、毛呂山町の特産品PRあるいは市場開拓の観点からも我が町の柚子にとっては朗報であろう。
 
阿諏訪の方の話しでは、一本一本のゆずの木のオーナー制ではなく、企業の福利厚生の観点から、企業に柚子畑をそっくり借りてもらい社員の家族やその知人に柚子狩りなどで楽しんでもらうようなオーナー制をおこなうべきだという。
 
 柚子について、若干調べてから続きを書き込みます。
 
11月12日AM7:30更新
産業まつりは、俵かつぎ・・・
ここに来て雨の日が多く、天気がはっきりしない日が続く。
時期的には麦を播く時なので、自然の摂理からすれば理にかなう雨なのかもしれない。
 
 以前書き込みをした産業祭りに参加する件で、「農業関係で面白い企画は?」と考えていたが・・・、
「昔の60Kg俵を再現して皆さんに担いでもらうのは・・・?そして担げた人には、毛呂山米をプレゼント!というのは、どうだろう」となり「では、俵をなんとかしなきゃ〜」となった。

ネットで探したらいくつもを作ってくれるところは判ったが、問い合わせるとどこも1ヶ月以上製作にかかり、金額も送料込みで2万円以上との事!
 「そんなにお金賭けられないんだから、自分で作りなよ!」と予期せぬ妻からの言葉・・・

 まさに「えっ!」である。俵の作り方なんて「そんなの知らねえし・・」
それでは、この企画も終わってしまう。御袋に俵作りを聞いたり、と思案していたら・・・
そうでした! v(^^)v ワラ細工の事なら、川角の小室さんです。

 お願いしたら、ご夫婦で快く製作を引き受けてくれまして・・・、
私も、俵つくりをこの機会に覚えようと、我が家の蔵から俵の胴の部分を編むコモ編み機を引っ張り出して、小室さんに聞きながらセッセセッセとコモ網みです。
 
 コモ編みも、最初は失敗しましたが二度めはバッチリ綺麗にでき、いよいよ俵の蓋にあたるさんだわら編みと俵の組み立ては小室さんの出番です。
小室さんにとっては昔とった杵柄で俵作りくらいはお手の物
 製作のポイントを、写真で記録しながら見させていただきましたが
これは、一度見ただけでは絶対できません!。
約2時間、小室さんの丁寧な説明を聞きながら完成した、の見事さは、惚れぼれする出来栄えです。

 ワラの特性を知り、それを活かせるすばらしさ・・
「俺の子どもの頃はよ、米でも麦でもよ、供出(出荷)は俵だったから  夜でも雨の日でも、こればっかり作らされたから・・・
   まぁ、できなきゃしょうがなかったんだよなぁ」と話す。
とっても素朴な小室さんに昔の、理にかなった俵作りを学びました


11月9日AM5:30更新
メディアに振り回されない・・・、そういう選挙を!
「おもてに出ない、何かがある」と11月5日、私の書き込みで表した事の一端が、昨日のある新聞では、しっかりと実名まで挙げられて出ているのには驚きました。

 大手4社の新聞で、今回の「民主党の茶番劇?」に対して記事の書き方(論調)の違いや、推察までも記事として載せるか載せないかの差が出た事の理由は・・・
 そこには、大手新聞社会長の存在と、その人物が今回の党首会談の火付け役であった事に起因する。

 また、「出ない話しのはずが、出る結果」になった理由も、いわゆる小沢代表率いる民主党のこの後におよんでの言い訳?とみて取れるのではないだろうか。

 憶測?で、11月3日の朝刊の記事につっこんだ書き方のできる新聞社とそうでない新聞社、そこにスクープからなるメディア社会の利益優先の経済が生まれてもいる訳で・・・、
関係する人物(大手新聞社会長)にとっては「これも、また皮肉な結果」となった事だろう。
 
 大連立は、これで封印されるであろうが、問題はこれから再開される国会の動きである。
自衛隊の補給支援特措法案が衆議院で可決でも、今回の「ねじれ国会」・・参議院では野党の数が多い場合の事を言うでは、参議院では否決される公算が強く、最悪の場合、衆議院に戻され再議決されても野党からの問責決議案の有無によっては解散せざる得ないのでは・・・

 そうなると、早くて12月中旬解散(あるいはクリスマス解散)、選挙が年明け1月20日投開票、と予想する新聞をはじめとするメディアの見方もあり・・・
 今回の国会のドタバタ劇が、今後どのように影響してくるのか?まだまだ判らないが「日本中の大・中・小・いっぱいの三角形」も静観している場合ではなく、あわてて動き始めるようであろう!。
 
 統一地方選挙の年が暮れに来て、年を跨いての大選挙に?
「政治と金」にからむ幾度もの大臣人事、年金問題、いきなりの首相退陣!、「党首密談」から、この時期にミスマッチな大連立構想の果ては駄々っ子の茶番劇、今まだ疑惑の、守屋前防衛事務次官への接待問題・・・薬害C型肝炎訴訟だって国が絡む大きな問題です。

 国の中央の政局から、次つぎと浮かび上がるゆがんだ実態なのでしょうか?  
     ただただ、一掃できる選挙を願うものです。

11月8日AM7:00更新
気力がプッツン・・・だって〜?
昨日、夕刻の民主党代表小沢一郎氏の辞意撤回記者会見を皆さんは、どのように感じられたのであろうか?
 印象に残った言葉が「気力がプッツンした」ですから、よく見直してもさほど内容のある会見では無いように思えてしまいます。
 
 昨日、毛呂山高校の生徒と先生が作ったカレーライスは、とっても美味しかったです。
 皆、真剣にカレー作りを行い用意した幾つものカレーの鍋、そしてご飯のジャーもすっかり完食で、先生方の「子ども達の喜ぶ顔がみたい」という企画は大成功でした。
 
本日は、埼玉西部環境保全組合における二回目の次期更新施設のための視察研修があり、埼玉県内二箇所の焼却施設を見てまいります。
 そのうちの一つは、分別を徹底しなくてもなんでも燃してしまうという施設だそうで、そのコンセプトをよくつかんで来ようと思います。
 バス車中、またゆっくりと新聞を見る時間がとれそうです。

11月7日AM7:30更新
茶番劇と言われるより 鬱憤が爆発する時が・・・!
「呆れた」 国民の多くが、そういう感じを抱いているのではないだろうか。
 今朝の新聞では、各紙とも小沢一郎そして民主党の一連の動きに対して否定的な言葉が並ぶ。
 
一人の男の駄々に、ある新聞は 不満抑え「総意」演出 と大きく見出しにしているが、この二日に渡る短期間の判断が慰留しかないという「引き出しの小ささ」を国民に見せた党となってしまった。

 また、今だから不満抑えしかないのかも知れないが、近いうちにこの一連の鬱憤(うっぷん)が爆発するはず・・・
 それは、小沢一郎党代表へではなく「今回の茶番劇の結末」を演出した、鳩山幹事長をはじめとする党役員へであり、今まで声高らかだった民主党からの「衆議院早期解散そして総選挙」の声も、なりを潜めるのであろう。

 しばらくは多くの政治評論家が忙しくなるだろうが、特に午後のワイドショーをよく見る比較的高齢?と言える女性の方々の政治に対する判断は?、いかがなものか・・・
 そのあたりの票が、政治を動かしているのですから。

 今日は、毛呂山高校の生徒と先生が共同でカレーライスを作り、春の田植え・秋の稲刈りに続く「毛呂山高校収穫祭?」が行われる。今まで関係してきた地域の方々を招待して頂けるとの事だが、
 どんなカレーライスを食べさせて頂けるのか?楽しみに行ってまいります。

11月6日AM8:25更新
日本中が、一人の男の進退を気にする日?
 一夜明けて、民主党の動きが慌しい昨日のニュースである。
「党をあげて小沢氏慰留で・」と、党役員が党内調整に駆け回った。
それを受けてか?いままでの「壊し屋」の異名とは違い、態度を軟化させている小沢氏の事も報じられる。(これは、予想外!)

 「参議院選挙で大勝できた立役者に代わる代表がいない・・・・」
あるいは、「今、小沢氏が代表を降りれば、小沢氏と供に少なくみても10人多くて20人の仲間が民主党を離党する恐れも・・・」
との見方もあり、それは、衆議院選挙を勝ち抜くどころか参議院で有利に立っている民主党を絶対的不利な状況に導くからでもある。

 小沢氏代表辞任表明の会見で、その夜には民主党内の幾つかの三角形が個々に集まり、次期の党代表の意見調整をしたことも確かで、党役員の出している慰留が決して党全体の意見で無いことは、既に露呈している。

 小沢氏がハッキリと慰留を突っ撥ね無いその理由が判らない。

11月5日の党代表辞任会見で、ハッキリと民主党の未熟さを述べ、党代表としての責任を放り出したのだから、この後に及んでなにを模索しているのだろうか?。

 今朝の新聞で知り得ることは、昨日も書いたが
「おもてに出る事の無い、なにかが二人の話しの中にある」という事

 福田首相に「連立政権は、どちらが先に提案したのですか?」と
いう記者からの問いに対して「まぁ、阿吽の呼吸というものではないですか・・・」と首相が煙に巻いた。
という記事があったが、どちらかの提案が判れば「それこそ、大変な事態へ繋がりかねない!」そういう内容でもある。
 
朝から雨の降る今日は、
     午前・昼・午後・夜・深夜とニュースが気になる一日
                         そんな日になりそうです。
いつも、最後に見出しを書きますが、今日は途中で変更しそうです。


11月5日AM4:00更新
日本中の三角形が、グラつく一週間!。おもてに出ないものは?
 先月31日は、千葉市・習志野市と二箇所のリサイクル施設を見学して参りました。
 行き帰りのバス車中、イカもさることながら・・・やはり気になるのは政局の行方です。

 誰かがバスに持ち込んだ新聞には、前日10月30日の福田首相と小沢民主党代表との党首会談の憶測記事!
 そして、11月2日の二回目の党首会談では、福田首相から小沢民主党代表へ予想をもしない大連立構想の打診!?
 それは、今まで二大政党制に向かいつつあった日本という国の政治そのものの大変革とも言える出来事であり、日本中に激震を与える事でもあります。
 (私の7月5日の書き込みで言えば、日本中の大・中・小のあらゆる三角形がグラつくような出来事と言えます。)
 その挙句が、昨日11月4日の夜のニュース、民主党小沢代表の辞意表明ですから、ますます混乱に拍車がかかったと言えるのでは・・・

 ここで、今まで憶測として各メディアで伝えられていた小沢代表の真意。つまり福田首相から持ち掛けられた?自民・民主の大連立に、前向きだった事がハッキリと見えた訳で・・・
 そのうえから民主党内外に及ぼした混乱への引責辞任とも、自らが表明している昨夜の記者会見の内容である。

 良く言えば「いさぎよい」というのかもしれないが、悪く言えば「昔と変わらない壊し屋だ」と言う声も・・・
 小沢一郎氏は1994年、当時自民党幹事長だったが、自民党に対抗し得る二大政党制を目指す為に羽田グループと自民党を離党して新進党を「旗上げ」し、野党の立場から政権を執り、大躍進を成し遂げる。

 その後、小沢・羽田の亀裂から羽田グループ・旧公明党勢力の新進党離党・・・1997年には6党に分裂したが、そのキッカケとなったのが前の年の1996年に小沢氏が打ち出した自民党との大連立構想であった。
 つまり、小沢氏は身を置く党は変われども、11年前の構想を現在の民主党の代表の立場とはいえ「福田首相との党首会談で連立の話しが出て、その気になった」とも言える訳で・・・
 簡単にみてとれば、小沢氏本人が自民党に復党したいのでは・・・とも伺えてしまう。
 
 民主党の鳩山幹事長は、「小沢氏続投で・・・」とコメントしていたが、どのメディアでも伝えられているように、誰がみても小沢氏の民主党代表の続投は無いだろうし、鳩山氏の本音も違うはず・・・?

 しばらく目が離せない政局だが、二回の会談で福田首相・小沢
党首とも、二人が口には出さないが「共通する、何か」があったような気がしてならない。
 たぶん、今後も「おもて」には出ない「何か」なのでしょうが・・・

 とにかく、国民の政治不信を増徴させるような、国会の動きばかりが続く毎日・・・。
 民主党の政党ポスターで大きな小沢氏の顔の横「国民の生活が第一」が、今朝の新聞に掲載されている。

 この時とばかりのマスコミからの「皮肉の現れ」なのだろうか・・。

10月31日AM5:30更新
世界で一番イカを食べているのが日本人だそうです。
 目黒は、さんまが獲れる!毛呂山ではイカは獲れない?

「そんなバカな・・・」と笑い飛ばしたら、終わる話しでもある。
 でも、真剣に考えプロジェクトチームでも作って、多くのメディアを使い、特にテレビなどによって全国に発信したのなら・・・

 それは、もはや笑い話しではなく、全国から多くの問い合わせやあらゆる情報が寄せられるであろう。
 当然、町が手がけなくても民間の企業にプールを貸し出せば、いわゆる企業誘致だったり指定管理者制度の導入でも「一石二鳥の施策!」。

 それが現代と言うものであり、そういう突拍子もない発想までが新鮮で多くの方々に、受け入れられているのは確かである。
 たとえば、このブログを見て何人の人が、イカについて調べ始めたであろうか?
 ネットでも専門書でも調べようと思えばいくらでも調べられる今、本当に埼玉県の山あいの小さな町プールの跡地で、イカが育てられるのか?

 水はなんとかなるだろう。海水は?人工海水で大丈夫だろうか?
イカの子は手に入るのか?天敵は?と、いろいろな問題が出てくるだろうが、大概の人はそこまで考えないであろう。
 たとえ、イカの養殖を途中で断念したとしても・・・、
 それだけでも話題性として、毛呂山町の名前は全国に知れ渡る事は間違いない!。

 目黒では、11年前から「目黒駅前商店街振興組合青年部」(通称め組)が「さんま祭り」を開催している。
 目黒の良さとさんまの良さを味わってもらうために、さんまを炭焼きと生で配布し、昨年は12、000人以上のお客さんに楽しんでもらったようだ。

 「目黒のさんま祭り」をはじめて2年目、南下するさんまが一番脂がのっている宮古産のものを築地で仕入れていることを、新聞の記事で知った岩手県宮古市が感激し、3回目からは宮古市が無料でさんまを提供する事に・・・

 また、さんまと言えば「すだち」という事で、4年目からは「すだちの日本一の産地:徳島県神山町」とも友好関係を結び無料ですだちを提供して頂くことになったとか・・・
 昨年には、この「目黒のさんま祭り」がキッカケとなり、「神山町」と「宮古市」は姉妹都市になったりと・・・

「目黒のさんま」という一つの落語から、祭りだったり、地域間交流、そして姉妹都市へと広がっていく・・・、
まさにこれからの時代の合理的で、且つ自然なコミュニケーション事業へと進化しているのでしょう。

 「面白い事は続く」。「面白い事は広がる」。「面白い事は次へとつながります」。

 話しは変わりますが今日31日は、西部環境保全組合議会で海あり県の千葉県へ朝から視察です。
 バス車中でネットで調べた「日本人は世界一のイカ喰い民族」なる記事を見ながら、いってまいります。


10月29日AM2:30更新
友が、考えた水産業は・・・
 昨日28日は、大類グランドのわんぱく広場において第8回の毛呂山町防災訓練がありました。
 前々回から、防災訓練の会場を分けての実施は、参加する方々が実際に体験しやすい訓練となるので大変効果的だと思えます。
 特にAEDの取り扱い演習では、皆さん積極的に受けられており、もしもの場合に役立てる事ができるでしょう。
 参加された皆様、そして前日の台風20号による大雨から台風一過となった今日、準備に追われた役場職員各位、また地区の方々に呼びかけ人員を集められた、区長をはじめとする役員の皆様方に敬意を表します。
   お疲れ様でした。

 話しを今までのテーマに戻しますが、
 毛呂山町プールの廃止は、「2〜3千万円という緊急的な修繕費も利用者が減少してきた昨今、費用対効果の面からかけられないだろう。また、年中利用していない駐車場も、経費の面から返せるのなら歳出削減策として大義名分もつくから、プールの跡地利用の代案がなくても一先ず廃止だけはしておこう」
という、町執行部の淘汰優先の観が否めない。

 当然、議会で住民の代表たる議員の多数の賛成を得て可決した訳で、私も賛成した議案でもある。
 しかし、そこには「町執行部から、できるだけ早い時期にプール跡地利用の提案を出すべき!」というものが、議案に対する質疑からも暗黙のうちに議場において共通概念として存在していたはず。
 止める前になんらかの、方向性くらいは用意するべきであろうし、それが無かったから余計に時間がかかってもいるのだろう。

 今回、長く引っ張ってきた話しの「目黒のさんま作戦」の発端は「毛呂山でイカの養殖はできないかい?」と言う、突飛な発想の友から出た話しである。
 海無し県の埼玉県で、海水を使う水産業がどれほど困難か判らないが、もし成功して事業として成り立つとしたら「前代未聞の町おこし」になる事は間違いない!。
 
 ここで、余談ですがイカの嘘か真かの噺?
学生の時、バイト先のすし屋の板さんから、聞いた話ですが・・・
「イカは、まず刺身で出す。それが残ったら煮付けでお通しとして出せる。また、それが残ったら焼物で出せる。それが残ったら最後に焼いた時の焦げを取り細く刻んで松前漬けができる。
 イカそうめんだって、残れば塩辛にしてしまえばわからない。だから捨てることが無いイカは、すし屋じゃ優等生だよ・・・」
 もう、30年も前の・・・それも笑い話しのように聞いた話しですから信じないで下さい。
 水産業の発想は、釣堀りなどもプールの跡地利用で何人かの意見で上がっていたから、さほど驚かないがイカの養殖までは誰も考えないのでは・・・?

 でも、そのくらいの考え方が今の時代には、ちょうどいいのかも知れないし「定義にとらわれない」という考え方でもある。

 そういう発想で、現実に新しい商品や新しい企業が生まれて来ていますから・・・


10月25日AM7:30〜26日AM2:30更新
「定義にとらわれない」という考え方で・・・
昨日24日、ある課長より「プールの方向性が検討委員会で出たみたいですよ」と伺った。
内容までは、まだ判らないようだが早く聞きたいものである。

 商品の「ネーミングに定義が無い」話しで始まり、つきつめてみれば、そこには面白いストーリーが存在する。
 ネーミングにとどまることなく、何事も「定義」という四角四面のような言葉を用いたやり取りで新しいものを生み出そうとしたら将来的に認められるものは、できない時代でもあると言えるのだろう。

 そのいい例が、国でも進めている構造改革特別区域、通称「特区」である。
 現在、内閣府は10月15日から11月14日まで規制改革の要望を受け付けているようで、これに先立ち国の職員が各地に出向き各制度の内容や提案方法等の説明を行う「もみじキャラバン」を実施しているとの事!。
 「三位一体の改革」が柱とするところの「これからの強い地方自治体を創る」ために欠かせない「特区を知る」、いい機会でもある。
 
 また、今日25日の新聞では各大学が民間とのコラボレーションで商品開発を繰り広げている記事に目がいく・・・
 東京農大とレストランのロイヤルホストとが共同で新しいメニューを開発したり、近畿大学が開発した黒マグロの養殖から日本橋の老舗「三越」がそのマグロを販売している。
東京大学が研究して作り出したサプリメントを「東大サプリ」として売り出したり、北海道大学が作ったハムが好評だったりもする。

 商品開発を大学生が行った事について、今まで気づかない新しい発想に付加価値が産まれてくる時代でもある。
 また、考え方を変えれば・・・と言うより視点を変えれば、そのような商品開発について責任の所在が分散しており、扱う企業からすれば「危険回避的な要素までを含んでいる」と、言えるものだろう。
[プールの跡地利用についても、役場庁舎内の職員による検討委員会で出した結論では、議会の反応もシビアにならざる得ない訳で・・
 これが町民アンケートだったり○○大学の学生が考えだした案なら、受け止め方も変わってくるんですけど・・・。]

 結論から言えば、「定義が無い」という絶対的な言い回しではなく、隠れたポイント?をうまく使い、新しいものを創り出す「創造力」が大事だと言う事!。

 「定義が無い」ではなく、もっと自由な「定義にとらわれない」という考え方が、今の時代なのでしょう。


10月23日AM4:20更新
「定義が無い」話しは途中ですが、
書き込みの間が空きすぎて、ブログ慣れのつもりで別件の話しを・・
 田んぼも、あと2枚になりました。ここにきてなかなか田んぼが終わらないのは、オーナーさんの「こしひかり」や「ミルキークィーン」を各々行っているためで、今年の作柄が少し悪い為、できあがりのお米を渡すのも少し気が引けます。
 しかし、オーナーさんもその辺りは解って頂けているようで、「自分のお米」という認識からか笑顔が・・・

 明日の24日は、西部環境保全組合リサイクルプラザ川角対策協議会の役員会がありますが、長く続いた会議もここで一息つけました。
 ただ、18日の午前中に行われた水田推進協議会では、「もろやま米のPR事業」において、事務局が進めていた「毛呂山高校の生徒と水田推進協議会とのコラボレーション」とも言える「産業祭りへの参加」が段取り不足のため中止となった事は残念と言えます!。

 水田推進協議会の4月総会では、
事務局より「秋のもろやま米PR事業」について
「昨年同様、毛呂山高校生徒との事業でいかがでしょうか?・・・」の提起に協議会委員の賛同も得られたから、今回の会議まで進めてきた内容だったはず。会議への段取り不足だけで流すのは・・・?

 確かに、産業祭りは土日ですから高校生は学校が休みですし、生徒の事業への参加協力は自由だから、「蓋を開けてみなければ解らないようでは、やらないほうがいい」と言われてはそれまでである。
  
18日の夕方、毛呂山高校の先生方とも話しを煮詰て「生徒への体験事業」の一環で進めてきた「6月の田植え」「9月の稲刈りと天日干しのためのハサ架け」の続きは「新米をお釜で炊いて先生と生徒の手造りカレー」を11月6〜7日に毛呂山高校体育館で行う事に決定いたしました。

 産業祭りにおいては、借りたブースを空ける訳にもいかないのと、全戸配布の案内もしてあるため、私が仲間と当日手伝ってくれる有志の毛呂高生とで「もろやま米をPRする会」を盛大に行うつもりです。

 18日の水田推進協議会の会議で感じたことは、何人かの委員から出る「マイナス思考的な言葉」であり、「定義たる方向性」を見たような気がしました。

[
定義]
概念の内容を限定すること。すなわち、ある概念の内包を構成する本質的属性を明らかにし、他の概念から区別すること。
その概念の属する最も近い類を挙げ、さらに種差を挙げて同類の他の概念から区別して命題化すること。(広辞苑より)

 調べると、なおさら解りずらいのですが・・・感覚で判って頂ければ幸いです。

10月12日AM6:30更新
さんまからフジキュウのコースターへ・・・
 しかしながら、この目黒のさんまの話しで殿様が言った「さんまは目黒に限る!」は、まったく定義が無い訳ではないようです。
 その理由として
獲れたてのさんまは、塩を振って2〜3時間なじませた後に焼くのが美味しい秘訣であり、当時の目黒は芋の産地で、背負い籠を背負った行商が盛んに行われており、「目黒の芋」の需要地の一つが雑魚場という魚市場が当時存在していた芝の浜(現在の芝浦)、行商は芋を売った金で魚も扱っていたのでしょう。

 ですから、この行商により商いされる地域が歩いて2〜3時間の目黒界わいですから、ちょうど塩がなじんで焼きごろとなり得る・・・   「さんまは目黒に限る」話しはうなずける訳です

以前、10月5日にふれた「風に吹かれて波乗りジョニー」の豆腐も、海洋深層水を使用しているところからネーミングのヒントがあったのでしょうから、つきつめればそれなりの解釈があるはず。

 突然話題を変えてしまいますが
おもしろいネーミングで次から次とヒットを生む、富士急ハイランドのコースターですが、「フジヤマ」は、たしかに日本一と思われる迫力だったり、最初にコースターが上がっていく左前方にそびえる日本一の富士山から命名?

昨年からスタートし、すでに100万人が[歓喜の叫び!]でも知られる「ええじゃないか!」は、コースターとしては、考えもつかないおもしろいネーミングだけど・・・
ひっくり返ったり、ねじれたりがスピードと落差の中で取り入れられ、本当にえっ えっ という凄者!

 「ドドンパ」というコースターのネーミングも、あの加速であっという間に終わる感じからでしょうか・・・?

「定義が無い」という、ガチガチの用語を用いたら新しいものは生まれない!ですね。

10月10日AM4:15更新
今日は、目の日・・・秋刀魚の鮮度はやはり「目」でしょうか?
「定義が無い」話しですが、そもそも「目黒のさんま」は古典落語の中の噺、と言うのは皆さんもご存知だと思います。

[
目黒のさんま]のあらすじ
ある殿様が馬の早や駆け(あるいは鷹狩り)に目黒へ行った時のこと、昼時に家来が弁当を忘れてしまい、殿様一同腹をすかせているところに嗅いだことのない旨そうな匂いが漂ってきた。
 殿様が何の匂いか聞くと、家来が「この匂いは下衆庶民の食べるさんまというものを焼く匂いです。決して殿のお口に合う物ではございません」という。

 殿様は「たわけ!こんなときにそんなこと言っていられるか!早くさんまをもってこい」と言い、家来にさんまを持ってこさせ食べてみるとたいそう旨く、それからというもの殿様は、さんまが大好きになった。

 ある時、殿様が親戚に呼ばれ「お好きな食べものをご用意いたします」の話しから殿様は「余はさんまを所望する」と言う。

しかし、さんまを焼くと脂が多く出るので体に悪いということで、脂を蒸して抜き、骨も喉に刺さるからと一本一本抜いたものだから形がぐずぐずになってしまい、しかたなく碗の中に入れて殿様に出す。
 殿様は、待ちに待ったそのさんまがまずいので、「いずれで求めたさんまか?」と親戚に問いたところ。「はい、日本橋の魚がしで求めました」の返事・・・
殿様の「ううん、それはいかん!さんまは目黒に限る!」と言う落ちで終わる落語である。
 
しかし、この古典落語がおもしろいのは海岸近くの魚がしで求めた新鮮なさんまより、海から離れたさんまが獲れるはずの無い目黒の方がおいしいということで・・・
定義が無い、つまり「そんなことおかしいよ」ということが滑稽であり長く語り続けてきたのでしょう。
 「面白いことは長く受け継がれます・・・」


10月8日AM7:45更新
町レクレーション大会 お疲れ様でした
10月は行事が多い月ですが、昨日の7日は毛呂山町「町民レクレーション大会」が大谷木の総合公園運動場で、秋晴れの中大変多くの皆様の参加により開催されました。
 特に今回は40回という節目でもありますが、よく聞かれるのが「毛呂山町はなんで町全体の運動会みたいなものが、こんなに長く続けられるの?」という言葉です。

そういう話しをされるのは、たいがいこの毛呂山町に越されて来た方々ですから他の市町では、少し違うのでしょう。
 お隣りの越生町・鳩山町も確かに同じようにやっているのを聞きますが人口規模からすれば1万4000〜1万7000人の町ですから、言うなれば町全体の取り組みで対処し易いのでしょう。
毛呂山町は3万6000人規模ですから町全体の取り組みとすれば大世帯の大会と言えるのかも・・・

 よく公民館単位で、レクレーション大会を開催している市の話しを聞く事もあります。それにあてはめれば毛呂山町も中央公民館と東公民館がありますから、2つの公民館がそれぞれ事業の一環として取り組む事もできるのでしょうが、まだまだ十分と検討しなければ移行まではできないのでは・・・?

 特に40回と回を重ねてきた背景の中で、私も体育指導員時代に何度となく会議のテーマとなり議論してきた「町民レクレーション大会のあり方」。
 その議論の末が今の町レクを存続させてきた訳でもありますから、新しい大変革がこの毛呂山町に合致するものなのか?、は疑問でもあります。

 また参加している方々の受け止め方も違います。
 私の地区、つまり越辺川の北側地区の箕和田・西戸・東原・目白台のように地区対抗競技で綱引きや年代別リレーが優勝や準優勝という成果をあげられその慰労会で大いに盛り上がる事ができる地区とそうでない地区では当然の結果として町レクレーションの根本的な考え方も変わってくるでしょう。

 特に役員さんの御労苦は大変なものですから、そのあたりが今後の町レクのあり方を左右するポイントなのでしょうか。

選手集めから、慰労会まで各地区の役員の皆様、本当にお疲れ様でした。m_ _m


10月5日PM12:45更新
定義が無い話し
今は、まったく関係のないネーミングで商品が売られている時代でもあります。
たとえば、大手の百貨店が取り上げて売れまくってる豆腐の「風に吹かれて・・・」みたいな。
 要するに、「ネーミングに定義は無い」という事です。そのあたりから話しを始めようと思ってますが・・・


10月2日AM5:45更新
HP再開です・・・まずは「目黒のさんま作戦」の続きから
 まるまる約1ヶ月、お休みを頂いてしまいました。
 ホームページにトラブルが発生して、復元後は9月議会の真っ最中!おまけに田んぼの稲刈りと苺の苗の植え込みも加わり・・・
「忙しいんかい・・ホームページの書き込みができないみたいだね」
親戚の叔父さんやら役場の方々からも声をかけられたり・・・

 昨日10月1日に、長かった9月議会も無事終わりまして、本業?の農業の方は、まだまだ田んぼの稲刈りが6町歩?あるでしょうか・・・
でも、天候が回復すれば今のコンバインは大きいし3〜4日で終わるでしょうから、また以前のペースでこの書き込みを始められます。

 昨夜は、東京大空襲でもなかったですね・・・
大変多くの役場職員の方々と膝を交えて飲みましたが、後半は皆様にお酌で回らせて頂き一回りできずに手打ちの時間になってしまいました。
お開きになって、帰りじたくの時Kさんから「目黒のさんまの続き、待ってますから」と言われ・・・「そうそう、そこから始めなきゃ」でした。

 この9月議会でも、現地調査を総務文教常任委員会でしましたが
その際、毛呂山町の廃止されたプールを視察しました。
水が抜かれたままで、周りも草が出始めてましたが思ったより傷んでいない状態です。
 9月議会の一般質問でも同僚議員から「プールの跡地をどうする?」の問いに「何人かのプロジェクトチームで検討している」と町長の答弁だったでしょうか?・・・

 私に言わせれば、検討もこれだけ時間がかかれば、「できるものもできなくなりますよ・・・!」です。
そこには、死活問題というギリギリまでの意識がないのかな?とも思えます。これが自分の生活を支える仕事の中の話なら、こんなに悠長な事やってられません。

 そういうふうに言えば、「大事な町民の財産なので、慎重に取り組んでいる結果でして」って言うんでしょう。
でも、よくよく考えればプールの廃止案は18年の6月議会の全員協議会で出てきた話ですから・・・
その後、18年度は運営して今までですから、検討する時間は有りすぎってくらい有りますよ。
8月29日〜30日AM7:45更新
新さんま入荷!・・・なんと言いましてもですね。
 今年の暑い夏、毛呂山町のプールは門を閉ざしたままである。
昨年の6月議会での議員全員協議会(全員協議会とは、法的な裏づけのある市町村長の召集行為による会議ではなく、本会議の審議の過程で必要に応じて議長が休憩を用いて話し合いをする場合であったり、また、議員相互の意見を調整する場合と、執行機関と議会側との意見調整を図る場合がある。
議事を円滑に進めるために開かれるものであるが、協議会での質疑・意見は会議録には記載されないので、傍聴者や住民に知らされない欠点がある。)
で、町執行部より町のプールの利用者が減少している事。流れるプールを管理する上で水流を発生させるモーターなどの修繕費が多額である事。プールそのものが老朽化しており維持管理の費用対効果の理由・・・から18年度でプールに係わる町条例の廃止に伴い、町プールを廃止したい旨の話しが出された。

 これに対し、議員各位からは「突然の廃止では、町民の方々も納得しないだろう。廃止へと向かうにしても町民の貴重な財産であり、町民への説明責任と、長い毛呂山プールの歴史の上からもイベントなどをもちいてほしい。とにかく今年いきなりの廃止には反対だ」の声が多く、昨年一年は運営をすることになったが、9月のプールの運営終了時には、モーターが破損するなど危惧していた事態である。

 毛呂山町プールの廃止に係わる条例の廃止議案では、「廃止後のプール跡地をどうするのか?」など、議員からの質問が多く町行政からは、「今のところ跡地利用の予定は無い」の繰り返しで「とりあえずプールが傷まないように水を張っておく」だったが、先日大谷木地区にある町プールを脇の道から覗いてみると水も抜かれている状態である。

「なぜ、水を抜いているんだ議会答弁と違うだろう」と言えば「水を張ってありますと、もし子どもでも入り込んで事故などがおこりますと大変ですから・・・」と言う担当課の受け答えは予想がつくが、廃止後いつになっても野ざらし状態のプールを見るのは、議員としても町行政に憤りを感じる。

先日、いつも我が家に顔を出す同級生が「目黒のさんま作戦」って言うのはどうだい!と言い出した。

 ほ〜、これも町内自給率につながる施策!・・次への予告です。


8月28日AM7:45更新
詩には、その時の心にぴったりのものがあります・・・
昨日は、午後1:30より当選証書の付与式があり、さっそくいただいてまいりました。

 午前・午後と多くの方々が、当選のお祝いに駆けつけて頂き、終日選挙の余韻を感じる一日でもあります。
 反省点ばかり、目につく自身の選挙戦であり、そこのところも来客者より、ありがたい指摘を頂きました。

 ふと、相田みつを の詩を思い出しました。

 自分のやってきた事に、つまり結果ばかりを取り上げてきた事は、ただの自己満足でしかなく、大いに反省する事であります。
そのあたり、自身のおごりがあったのでしょう。
選挙体制も中途半端で、田畑の仕事の依頼で、スタートが遅れ・・・
その分を、多くの方々に助けて頂いた形になってしまいました。
 
 特に、議会人として町民の代表者ですから、議員としての職責を最優先しなければならず、足かせにも成りうる田畑の耕作についての依頼は、今後控えていかなければ・・・
 人助けが、かえって多くの皆様に迷惑をかけてしまいます。

 町の農政の遅れを指摘し、「農政は農業ばかりでなく環境と密接な関係があり、牽いては観光や異業種とも相まって発展できるもの」と体を張ってきましたが今回の選挙で、いい教訓となりました。

今の自分の心境を表すような 相田みつを の詩は、紹介しない事にします。
 皆さまにも、私が相田みつをの、どの詩の事を言っているのか、だいたいの想像がつくのではないかと・・・


8月27日AM7:30更新
暑い、暑い選挙が終わりました
自分が動けないところを、多くの皆さんに助けていただきました。
いただいた大きなそして貴重な得票をしっかりと受け止め、新たな重責に初心を忘れずに町民の代弁者として頑張ってまいります。
 
また、このコーナーを再開いたしますが、本日は片付けやら後援会関係のことがあるので、落ち着いたら(充電しなければ)予告もしてありますので自給率の話しから・・・

 選挙で大変お騒がせいたしましたが、まだまだ暑い今年の夏です皆々様、どうかお体ご自愛いただきまして実りの秋をお迎え頂きますようお祈り申し上げます。

*投票率も然ることながら、13箇所の投票所別の投票率がその地区の町行政に対する関心のバロメーターです。
今回の選挙、そのあたりがポイントでした。


8月20日AM5:30更新
いよいよです
 妻の実家での、新盆の法事からトンボ返りで戻りあわただしい毎日でした。
 いよいよ告示も明日となり、やり残した事も多く「今日の一日でどれだけの事ができるのだろう」と思案中でもあります。
 告示となれば、このHPの書き込みもできなくなり、今までもできるだけ選挙の関係には触れずに今日まできました。
 14日の自給率の予告についても、そんな意味合いから選挙に関係ないテーマを選んでいた訳ですが・・・

 東国原知事が誕生した時、翌日の東国原後援会HPで「選挙の当選御礼」のことを県の選挙管理委員会が規制した。
違法性があるとは思えないが、わざわざ前例としてHPの取り扱いに注意を受けている以上、控えるべきだろう。
選挙が終わってもその関係について、書き込みを行わないつもりですのでご容赦をお願いいたします。
 とにかく、バタバタと時間が迫ってくる今日一日です。
まだ夜まで時間がありますが、心境を書き込む時間ができましたら
パソコンの前に座りたいものです。

        では、今日も一日頑張ります!

8月14日AM5:00更新
残暑、お見舞い申し上げます。
まったく暑い日が、続きます。
 まず報告ですが7月26日に書き込みした西大久保耕地の県用地の篠藪(しのやぶ)は、昨日?飯能県土整備事務所からの委託業者によってきれいに刈り込まれました。まだ民地が残っておりますが、県の約束通りの対処に敬意を表します。
また、西大久保の耕地がきれいになりました・・・

先日は、2日に渡って天災の脅威をかきこみましたが、しばらく自給率の話しをシリーズで書いてみようかと思っています。
 まず、「自給自足」・「心土不二」そして「町内自給率」および「県内自給率から国内自給率」と言うのは、いかがでしょうか・・・?
先に予告だけ、しておきます。

PS,
15日午後4時に上田知事が毛呂山町で街頭演説を行うそうです。先日の「知事と地域指導農家との意見交換会」で私からの問題提起に対して迅速な対処をしていただいた事もあり、応援にかけつけたいのですが妻の実家における新盆で、朝から茨城県に行くようです。
 影ながら、最大限の支持をしていきたいと思います。


8月9日AM6:00〜8月10日AM3:30更新
書き込みが、ずれ込み明け方になってしまいました。
 雹が降る時は、必ずと言っていい程、突風が吹きます。
平成15年9月3日夕方の雹は、風の猛威を感じる天災でした。各地のゴミ集積場が転がり、西大久保では屋根が飛ばされた被害もでたほどで、つまり竜巻に近いようなものです。

 我農場は、雹害はまぬがれたのですが苺のハウスが被害に遭い突風でビニールハウスのフレームが壊され、その修復に3日かかりました。
突風被害に、どうやって苺のハウスを直そうかと思案している時、
市場地区で野菜を作っている後輩から、「井上さん、雹でナスが全滅ですよ!町から何か補助してもらえませんか・・・」と悲痛な電話である。
 
平成8年の雹に対しての町の対応を知っている関係から、「とにかく町からの被害に対する援助は無いと思っていた方がいいよ」と説明し、「すぐ見に行くから」と電話を切り市場地区へ・・・
すでに夜だったから、懐中電気の明かりで、雹によりめちゃくちゃに叩かれたナスを見て回った事を覚えている。

 時間が経過すると、被害の内容がはっきりしてくるもので、西大久保の水稲が雹に叩かれて、刈り取り間近だった稲の籾が半分以上落ちたと言う。
 私が確認したのは、2日後でしたが田の地面にちらばった籾の量は想像をはるかに超え、雹に叩かれたあわれな稲穂が本当に「可哀相」という表現でしか、言い表せないものでした。

 当時の経済課に救済的な対応を強く求めましたが・・・
毛呂山町の「霜・雹による農作物災害対策補助規定」には、桑・茶・果樹・野菜であり[水稲]は列記してないため、災害補助は適用されない。
 というもので「なぜ米が適用外なのか」について
「水稲には、農業共済という制度があって、自然災害においては共済組合の組織で保障が行われるのが、今までの経緯でもあるため町が保障する必要はない」
と言うのである

 この回答に、まったく納得いかず・・・
平成15年12月議会一般質問で取り上げ、後2回ほど担当課と協議の結果。
霜・雹の文言をなくし「毛呂山町農作物災害対策補助規定」とする
今まで「桑・茶・果樹・野菜」の文言であったが野菜の後に「及び稲作物」 の文言を付け加える。
規定の改定にこぎつけることができた。

平成17年告示61号として公布されたが、この改定による規定で施行され、現在までのところ改定後の「毛呂山町農作物災害対策補助規定」を使う災害がないことが救いでもある。

実は、先日の台風4号で我が農場のとうもろこしが、ちょうど運悪く雨と風により倒された。(生育の時期で、被害を受けやすい草丈だったため収穫できたものは2割で、残り8割は泣く泣く廃棄)
 以前は台風などの後、専業農家へは役場担当課より被害確認が電話等で早々あったが、最近はそれがなくなってきたような観が見受けられる。

 まともに台風の直撃を受けた訳でもない。我が家のとうもろこしの被害に、この補助規定を適用してほしいなどと、被害規模から言っても更々無いが・・・
 町行政に失ってほしく無いのは、天災という避けようにも避けられない、被害にあわれた方々へ大丈夫ですか?と心配する心
だと思うし、その気持ちが伝われば行政への怒りも無くなるのだとも思う。

 農産物災害対策補助規定で支払われる金額は、災害に遭った農作物の草勢回復のための肥料代や病害虫防御のための農薬代程度で雀の涙ほどの少ない金額です。
 
天災は忘れた頃にやって来るとか 備えあれば憂いなしなどと言われますが、まぬがれたくてもまぬがれない災害は、いくらでもあります。
 明日、いきなり収入源であった作物がまったくゼロになってしまう事も、ある得る職種・・・   それが農業ですから

お金がほしくて言ってるのではないのです
              いたわる心がほしいんですよね。

                     
8月8日AM5:30更新
毛呂山町条例には、霜・雹害に対する救済的なものがありますが、
町行政の対応は、鈍すぎます・・・
自然の力には、とうていかなわないと度々考えさせられるものです。
最近の天災で、私が覚えているものでは、平成8年7月3日の降雹、
昨日も紹介した、平成11年8月13・14日の大雨、そして議員となって間もない頃の平成15年9月3日の降雹と突風である。

 「天災は忘れた頃にやって来る」と言うが、まさにその通りで3〜4年の間隔でそれも雹(ひょう)などは、突然やって来るものだから、防ぎようも無く「人間の無力さ」を味わう・・・

 毛呂山町でも平成8年7月3日東部の西戸・苦林に集中した降雹は、夕方の4時頃だったと思う。
 急にひんやりしてきて東の空はピンク色「何か嫌な予感・・」と思う間もなく約30分間の雹は突風も加えて、我が農場のナス・ピーマン・トマト・とうもろこしなどを見事に「棒だけにした」と言う表現が一番わかり易い惨劇にかえた。

 畑中が真っ白になった氷の塊は、どれもピンポン玉くらいで私も妻も降雹の最中、必死でトマトだけは・・・とネットをかけようとしていたため体中ボコボコで、腕にも瘤(こぶ)ができる事を知った。
結局引きずり出したネットもかけられずに、近くのハウスに逃げ込み
「これから先どうなるのだろうと呆然と立ちすくした事が鮮明に思い出される。

その後、役場の経済課の職員が被害の調査に来たり、翌日は町長も訪れ被害の現状を見てくれたが・・・
 その雹害に対する町からの「雀の涙ほどの見舞金」がきたのは、それから8ヶ月後の平成9年3月のことだった。
 あまりに時間がかかったので、私も見舞金などあてにしてなかったし、町から見舞金を知らせる事なく、口座に振り込むものだから・・・
 つまり見舞金の事を知ったのは、それよりかなり後でした。
と言うより、見舞金というものを連絡もしないで、ただ口座に振り込む担当課の職員?の考え方がおかしいと思う。
 
 行政の対応は、まったく呆れたもので・・・というより彼ら(職員)の言い分は、「とにかく町の規定にあてはまらないとあくまで駄目」だから瞬時の対応ができない。
 被害にあわれた方々は、一刻も早くの救済措置を待っているのに、その対応の遅れが行政への怒りに変わるのは、当たり前の事でもある。

 その時の降雹で、狭山のホンダは、モータープールに置いてあった新車に大きな損害を出し、雹害車として安く販売したが・・・
 我が家ではそれから3ヶ月の収入がなくなり、急遽JAで雹対策として「無利子の資金の貸し出し枠」を用意して頂けたので、それを借りたから助かった。

 雹など無ければ、発生しない負債を後の2年で返済したが、借金は借金である。
 天災の後遺症を痛く味わった我が家では忘れもしない「魔の平成8年事件」であった。
 
 町議員となってからの、平成15年9月3日西大久保地区の降雹被害で毛呂山町の対応は・・・
これも私に言わせれば「お粗末」である。 明日の予告ですが・・


87AM7:30更新
東北方面の被害が、それほどでもなくてよかったです。
仕事がら、台風については最悪の事態を予想してしまいます。平成39月膨大な被害をもたらした「りんご台風」は皆さんもご存知でしょう。そして私が毛呂山町議会でもよく取り上げる平成118月13・14日の台風くずれの熱帯低気圧による「大雨災害」など・・・

突然の天災について、明日の書き込み予告にさせていただきます。

8
3
台風5号が膨大な被害をもたらした。亡くなられた方、今現在行方不明の方々もおり、心よりお見舞いを述べたい
 今後の進路で、東北・北海道が心配である。りんごをはじめとする多くの農産物に多大な損害をもたらすのではないだろうか。
 台風が通りすぎるまで、書き込みを休みます。

8月2日
赤城農水相辞任
結果が見えてから更迭では、安倍首相の判断が悪すぎます。
顔の絆創膏がそれほどの記事になるものかとも・・・・
今朝の新聞に目を通して田に行きます。
今日は、朝から草刈りでブログは午後でしょうか。


8月1日AM6:00更新
若い時は、特に「苦あれば楽あり」です。
青春真っ只中、夏の高校野球全国大会に埼玉は、浦和学院が勝ち上がり出場権を得た。
浦学ナインが上田知事を表敬訪問したようだ。
昨日の書き込みで、審判だとかセーフだとかの言葉を用いたのは、毎朝の新聞で報じられる高校野球の事が脳裏のどこかにあるからだろう。

 実は、自分の携帯電話は開くとテロップ(字幕)で、時事的なニュースを逐次流してくれる機能がついている。
その中で「中田の夏、終わる」が一昨日流れた。
 大阪桐蔭のエースで4番、今大会の注目株の中田選手が大阪決勝で負け、マウンドで苦やし涙の写真が昨日の新聞に掲載されている。
 誰にも、青春時代があって全力で何かに打ち込んでいれば、それがかなわない時にあふれるものがある。
 自分は、涙もろい方なので人が頑張った時の涙に弱く、特に朝は新聞の記事でもらい泣きである。

 高校時代野球ではなく軟式テニスをやっていたが、それでもそれなりに頑張っていて、なおかついい先生や先輩に指導を受け(実は、しぼられてばかりで何回か部活を辞めようとしました)2年生の新人戦では、地区4本決め(ベスト4)までいった。
 そうなると他の高校の選手とも、どの大会でも顔を合わすから自然に仲良くなり、互いに応援をするようにもなる。

 新聞で、大阪桐蔭の中田が決勝で甲子園出場を決めた金光大阪のエース植松に「甲子園で頑張れ」と声をかけた記事に、また泣けた・・・ 

「楽あれば苦あり」のことわざを、私はいつも「苦あれば楽あり」と言い自分の子どもにも、バイトに来ている高校生や研修生にも話す。
そうでなくても、今の子ども達はいい指導者にも、めぐりあえないでいるからかわいそうである。
 負けても、勝っても、「かけがえのない青春時代の1ページを刻む」そんな高校生の記事を読む毎朝である。

別件ですが、昨日の夕方県庁の農業支援課から電話が入り、私の問題提起についての取りまとめができ、上田知事にも確認をいただいたとのこと・・・
さすが上田知事、対応が早く今後の新規就農者支援に役立てることができた。そんな過日の意見交換会です。
 
7月31日AM5:30更新
 党首でも、野党ならセーフ?メディアは審判的な要素もある筈!
 30日は、終日自民党の大敗ニュースで明け暮れた。
朝の田まわりを軽トラックで西大久保・沢田・西戸と見て周るが、ラジオから流れる話しは「お灸をすえられた自民」の話しで・・・
ある評論家は「真の民主主義の幕開けが来た」とまで言い切る。

 物には、言いようがあるが今の時代になって「そこまで言えるのか?」と怒りたくもなる。
 マス・メディア(新聞・雑誌・テレビなどの媒体)からの要請で、しばらくはコメント依頼で仕事が忙しくなる政治評論家であろうが、調子に乗って次第にエスカレートした発言のようにも聞こえる。    
  そう「無責任」である

 社会保険庁の記載洩れを自民党が叩いた形が、安倍首相の責任に跳ね返った。
今は、なんでも短縮して話をするが、この件の話しは最近「しゃほちょう」と縮めて言われるのが気にかかってもいる。
 若者の使う言葉の乱れや俗語を面白く批判めいてメディアは、紹介するが、大人の世界も同じようなもので、初めて聞く人は「しゃほちょう」とは、どんな鳥か?・・・と笑い話しだが
 しかし、
「社会保険庁の内部が怠業であり、たどっていけば腐った職場になった大半は自治労で、その組合を母体とした民主党に責任が帰せられる」と・・・別の政治評論家は解く。

 党首小沢一郎氏率いる民主党は、農水相の「政治と金」問題を次々と叩き、メディアも協賛?した形だが、その小沢一郎氏の事が、だいぶ前から新聞の片隅に書かれている。

 小沢氏は、政治資金で個人名義の10億円余りの不動産を買ったが、その際の税金は払ってないようだし、自由党時代の25億円の政党助成金の使途についても必要な領収書は示されていないと言う。
「人のふりみて、我がふりなおせ」と言うことわざがある。赤城農水相の領収書二重添付やその言動はいけないが、党首である小沢一郎氏の巨悪が不問にされているように思えてならない。

 報道の自由だとか、真理を貫くだとか各マス・メディアは体裁のいい事を言っているが、今回の選挙に片寄った報道のあり方を見たようだ。

 やはり、「視聴率や購買率が優先する経済先行のマス・メディア」なのかと・・・
   アンフェアーな審判は、ブーイングの元ですよ。


7月30日AM5:30更新
いつの時代も・・・政治は人がつくりだすもの
参議院選挙は自民党惨敗が報じられた。小泉前首相で大躍進した自民党だが、政治というものは均衡が計られないと独裁的になりやすく・・・国民の不安の表れだとも思う。
 確かに、年金問題が一番の争点だったのかもしれないが、いつの時に出てくるか「消費税引き上げ」についても、国民の抵抗が先行した結果なのかもしれない。
 たびたび、言われる二代政党政治へゆっくりだが進んでいるのだろうとも感じる。近い将来、政党再編による統合でその形が、はっきりする時がくるのだろう。

 隣の、越生町の町議会選挙も参院選同一選挙で行われ、昨夜早々に判明した。
 告示四日前に飛び出した新人候補が、無投票の予想を選挙へ引きずり込んだ形である。
 であるから現職議員も選挙管理委員会もあわててのスタートと聞いているが、蓋を開けて見ないと判らないのが選挙というもの・・・
その新人候補が二番目の当確、これからの選挙の戦術を考えさせられる選挙結果でもある。

 越生町の前回4年前の選挙でも、告示当日に決意した新人がみごと当選し、改革派の方だけあって、その方が今回はトップ当選である。
 それだけ、越生町の町民が「町の変革」を望んでいるとも言えるのだろうし、身近な選挙ゆえ顕著な結果が出た。

 政治は人が変えるもの、いつの時代もそうだが意を強くする昨日の選挙結果である。


7月28日AM6:00更新
忙しい公務の合間のメールに、感謝・・・
24日だったでしょうか、23日に行われた県知事と地域指導農家との意見交換会の事を上田知事宛にメールを送りました。
 結果、昨日の昼過ぎですが上田知事からメールで返事を頂いたのですが、知事も選挙を控え、忙しい公務の合間での対応に感謝しております。

 その時の問題点も、飯能普及部に話しておきました。法的な事であったり、人間関係の事であったりですから問題点の解決には時間もかかる事でしょう。
 ただ、県がラジオなどで新規就農者を支援していく事を流しておりますが、特に農地を持っていない非農家の方がこの世界へ夢を持たれて入るには、県がPRしている程「簡単ではない」という事なんです
 そのあたりの要点をまとめて、また後日書き込みます。

 話しは変わりますが、今朝の新聞で面白い施策を見ました。皆野町商工会で「投票率アップ選挙応援セール」を今度の参院選当日の29日と翌30日の二日間行うとの事です。
 平成17年の衆院選の時からおこなっているようですが、投票率と商店の売り上げがアップする一石二鳥の施策でもあります。
 
 今回は、皆野町の23店舗がこのセールに参加するそうで、二日間に限り有権者は買い物をした際にレジで「選挙に行ってきました」と言えば店から代金の割引等のサービスが受けられるというもの。
 これにより、8.5%も投票率が上がったとの事だから(平成17年9月衆院選)効果は大したものです。

 選挙管理委員会として、投票率を上げる施策は大変難しく、投票所で投票に来た方に粗品を配るような事も賛否両論あるから、手をこまねいているのが今の低投票率の現状・・・
 そんな中、この皆野町の施策は商工会が主体で行って頂けるのですから賛否どころか、いい事ずくめでしょう。
 シャッター通りだとか負の話しをするより、絶えず何かを行うプラスの施策ができるはずです。
 それが、いまの時代を乗り切る切り札ですから・・・

もう一つ・・・
 低投票率には、「誰がやっても駄目だよ結果が見えているのだから」と言う、ある線を越えなければ変わらないであろう・・・というものがあります。
それを動かせなければ本当の力?とは言えないのかも知れませんね。

7月27日AM6:00更新
新しい規制で、活動変更です
 26日の昨日は、毛呂山町で8月26日執行される町議会議員選挙への立候補予定者説明会が、役場において午前10時から行われた。
 予定通りの候補者16人の関係者が集まり、選挙管理委員会の説明を聞いた。

 今回の選挙では、埼玉県知事選挙と同一選挙となるため、今までなかった規制がかかる。
 政治活動は原則自由だが、ある地域で特定の選挙が行われているときは、、その選挙期日の告示日から投票日までの間に限って、その区域内では特定の政治活動を行うことが規制されるとの事です

つまり、現在参議院の告示があり選挙期間ですから、その投票がある7月29日までは規制され、翌30日から8月8日までは政治活動ができますが、8月9日の埼玉県知事選挙告示日から8月20日までは、また政治活動に対して規制がかかるというものです。
 
 8月21日は、毛呂山町議会議員選挙の告示日ですから、その日から25日までは、にぎやかな選挙戦です。
足かせのような田んぼに追われ、皆さんの田を管理することで後援会活動が遅れていた私には痛い規制でもあります。

 急遽、後援会活動の予定を変えて動いて行くようです。 


7月26日AM6:00更新
多分の話しは、してはいけませんね・・・
県の職員が話したとされる「野鳥の話し」は、どうも地元の方が勘違いしたようです。
 昨日、大久保耕地で地元の方、毛呂山町役場職員、飯能県土整備事務所職員、そして私も加わっての話しの結果は・・・

飯能県土整備事務所職員から「県が買い上げ、その後荒廃した状態にあった用地については8月中旬過ぎには、なんとか篠藪等を刈り倒します」とのこと。
何年もほったらかしだった場所がやっと管理される事で地元の方々も安心されるのではないでしょうか。
 
 昨年の2月に川越農業改良普及センター飯能普及部の職員が我が家を訪ねてきた時の話し・・・
「井上さん、西大久保の荒廃した耕地の田は、もう田んぼには戻らないでしょうね?」と聞かれた。

私は
「いや、田んぼでも畑でも結構大丈夫だよ。あそこは以前、我が農場で田の耕作が増え始めた頃、どうせやるなら10町20町やらないと駄目だから・・・と一度見に行った耕地。
萱(かや)とセイタカアワダチソウが凄いから、まずハンマーナイフモアで今の雑草が枯れている時期に細かく粉砕した後に、火をつけて焼却してしまえば後は耕運して田に戻せるよ」と教えた。

 そして
「ただ、あれだけ凄い萱やセイタカアワダチソウになると、小さいハンマーナイフモアじゃ駄目だよ。県が河川敷の雑草を業者に依頼して刈らせてるけど、その時に使ってるようなキャタピラ式で乗って作業するくらいの機械じゃないと、あれだけ荒れた状態は粉砕しきれないからね。そういえば鶴ヶ島の407号沿いのリース屋に置いてあったから、あれでも借りてくれば一気に片付くんじゃない」
とも話した。
 
その後、その職員がリース屋に行きリース料の事を調べたり、町の経済課へ働きかけたり、そして、県から見合う補助を見つけたり・・・
 結果、私農場が「町機関から受託の形」へと進んだ訳である。
 地元の西大久保の方々は、いきなり自分達の耕地に付いた予算を他の人間が使うのが面白くなかったからでしょう・・・
 町役場担当課に抗議があったり、大久保耕地対策会を立ち上げたりと少なからずの反発も感じられました・・・

結果というものが、良好な関係も築いてくれるものです。
 
 1年半経過して、大久保耕地の耕作率は47%から86%と向上し、昨年私が再生した80aの田を受けてくれる担い手もできました。
大久保耕地対策会にも、補助金がつき歩行型ですがハンマーナイフモアが導入されたり・・・

 今回の「野鳥の住家」と言われる、以前から西大久保の方が困っていた荒れた県用地も、すばやい県の対処と、葛川に面した町道においては、町が対処する方向で収まりました。

 一つ一つですが、それでもこの地域の変化はめまぐるしい程の早さで改善されています。
 飯能県土整備事務所の職員が「内の人間では、野鳥の話しをしたものは、いないようなんですが・・・」に、
西大久保の方は「それは、野鳥の会に入っている人が、この地域の誰かに言ったんだよ。多分そうだったかな〜」・・・
 
「おいおい多分かよ。それもこの前は、県の職員が言ったと私には話したのに・・・・!」。
飯能県土整備事務所職員も、ある意味では安心した事でしょう。

それぞれで、「一件らくちゃく〜」の現地会議となりました。


7月25日AM6:00更新
早い対応が、上田知事の売りですね・・・
 さすがに、県知事との意見交換会ともなると対応が早いです。
昨日の午後ですが、毛呂山町の管轄である川越農業普及センター飯能普及部から電話があり、知事との話しの事で県から連絡がきたとの事・・・

23日、「新規就農者に対する支援」で私からの問題提起に対して、上田知事は
「問題点をよく分析したうえで、早い段階でよりよい方向へ対処したい。できればその問題点をメモでもいいですから書き出して今日の帰りでも事務局へ出して頂ければ助かります。あるいはメールでも知事宛のFAXでもいいです。私は、必ず見ますし、そういう声を大事にしています。そしてできるだけ返事も書くようにしていますから」だったが、その後に地域指導農家協会の総会及び懇親会などがあったため、問題点は事務局に出せずに帰ってきた。

その翌日である24日、県側から連絡が頂けた事は、取り上げる問題点としてみて頂いているのだろうし、なんらかの対処もしてもらえるのだろう。
 飯能普及部には、「電話ではまとめづらいので、明日の朝一にでも問題点を書き出してFAXかメールで送りますよ」と話した。

 そんな折、やはり昨日だが西大久保地区の事で飯能県土整備事務所から、以前に問い合わせていた案件の連絡を頂いた。
 その内容だが、大久保耕地の脇を流れる葛川は、昔から大雨があると氾濫し大きな被害をもたらした川で、その対策から現在「葛川放水路」の建設が進められている。
そのために葛川に沿った農地の一部を埼玉県が買い上げているのだが、県としてまったく管理しておらず、今では3〜5mもの篠藪(しのやぶ)や木が生えてる状況である。

 以前、西大久保の方が、県に管理してほしい旨の連絡をした際に県職員から「野鳥の住家などがあるので、そのままにしたい」というような返事だったと言う。
 まったく呆れた県職員の対応である。私にその話しを教えたくれた西大久保の方も呆れていたが・・

 そうでなくても、大久保耕地周辺は自然も多く、県が買い上げた農地は、ほんの一角である。その農地を荒らしておいて、「苦情に対する、その場しのぎ」の電話対応だったのだろう。
 埼玉県のトップである上田知事の責任をも感じる対応と・・・それとは裏腹に県職員の無責任を感じる対応が、へんな表現かも知れないが面白く思えてならない。

 先日の台風4号が近づく前に、私から飯能県土整備事務所に県の荒地に対しての問い合わせをした際「台風が通り過ぎた後に、現地を確認して今後の方針を考えたい」だった。

 県職員から、今日25日午前9時過ぎから、現地で意見を聞きたいとの事・・・
 少し時間はかかったが先が見えてくるのだろうか?。
 そして、どのような「野鳥の話しがでてくるのか・・・?」も楽しみである。

(けっして、野鳥を窮地に追いやっている訳ではありませんので)

7月24日
昨日の、上田知事と県地域指導農家との意見交換会において、開会より15分新規就農者支援について意見を述べさせて頂きました。
 知事は、それなりの対応でしたがこの件については、明日の書き込みに致します。


7月23日AM4:30更新
毛呂山町のお盆は、養蚕が盛んだった為に今の時期になったようです。
 久々に、晴れ間となり蒸し暑い一日となった昨日は、お盆が来るためお墓の掃除である。
 我が家の墓は、西戸地内にある共同墓地ではなく、井上家として西戸地内だが別の場所にある。
 西戸では、もう一軒そういう家があるが、その家は山本坊という武将と共に西戸に移り住んだ。

 井上家はそれより古く、川角の南蔵寺(今の川角小学校の場所にあった寺で川角小学校の前身でもある双葉尋常小学校開校の際、墓石は今の川角地内の自衛隊通信基地裏手に移されている)に井上家の墓石が今でも4つ置いてある事から、ある歴史研究家の話しでは越生の報恩寺との関係が強いらしい・・・
と言う。そして疑問な点もあるとの事。
 
その方の推察では・・・
 西戸から越辺川を渡った川角に墓石が残されている事が一つ目の疑問だと言う。なぜなら昔は川幅も広く橋なども無かったであろうから今住んでる西戸が生活区なら、川の向こう側に墓を作らなければならない理由が判らないそうだ。

二つ目の疑問は、井上家は越生の報恩寺に1600年前期から先祖の過去帳が今でも保存してあり、それによると先祖は最初から居士の戒名になっている。
 今はお金で最初から居士の戒名も有り得るが、その当時では、そういう事は絶対なく、なんらかの高い役職にあった筈だと言う。

 そしてもう一つ、井上家の墓石の一つに越生の文字があるとの事。
墓石には、いまでもそうですが名前は刻みますが地名は入れないとの事です。
 昔は地域の名称を統治する武家の名で言ったようで、つまり毛呂山なら毛呂氏がおさめていた事から「もろんちの方」とでも言ったのでしょうか?越生町は越生氏がおさめていた経緯から越生と言う地名になり、その頃は今の越辺川に沿って鳩山町の小用地区までが領地だったそうです。我が家の場所は、越生氏の領地内でしょうが前述のように地名を墓石には刻まないという一般的なしきたりでは???

で、その歴史研究家の最終的な結論は・・・
,井上家の祖先は、越生氏に関係があったのではないか?。
,報恩寺の檀家で地域でも高い位であった筈。
,南蔵寺は報恩寺の関わりが強い事から、南蔵寺建設の際に越生  から移り住み、その後、寺住職のような地位だったのでは・・・?

 その方から、いろんな事を聞かせていただきビックリもしたが、なぜ墓石が4つ川角に残っているのか・・・
川角の在の方で、井上の姓はいませんし井上家は川角に住んでいた過去の歴史もない・・・
亡き父から、祖父と兄弟で遠い昔に川角から墓石を移した事を生前に聞かされました。その時の移しきれない石に間違いなく、我が家の墓石なのですが・・・

 ここ数年、忙しさのため母が「私が墓掃除しといたからな」の言葉に甘え、先祖に申し訳ないありさまだったと思う・・・
過去の事なども、推察にしろ教えて頂くと「先祖の供養もしっかり果たさなければならない」と今の時代を任されている末裔(まつえい)としても反省をする。
 
 今でもお付き合いしている高校の恩師に、今から20年くらい前だろうか「君は、生きてるんじゃなく、生かされているんだと思いなさいな」
と言われた。
 父と母がいたから自分が存在しているが、その流れの源は、遥か昔の家系から始まり、多くの人の係わりでいまの自分がいるのだろう・・

 恩師の言葉は、とても難しく「まだまだだなぁ」と感じながら・・・
今日の夕方には、多くの御先祖のお迎えをする。

(と、書き込みましたが、本日「どうしても参加してくれ」と言われて、
さいたま市で開かれる上田知事と地域指導農家との意見交換会に出席致します。新規就農者の件については、知事に言いたい事もあるので・・・)   盆迎えは、妻に頼むようです。

7月19日AM5:00更新
報道機関として・・・
新潟県中越沖地震は、 3日目にまた一人瓦礫の中から男性が発見され10人目の被災者である。まだまだ避難されている方々が多いが、次第に報道関係が薄れていくのが新聞の記事で感じられる。
 そんな中、原子力発電所の今後は地元のみならず心配でもある。

 以前、茨城県に学生として住んでいた関係で同級生が東海村にある原子力発電所(以後、原発)に勤務している。
 関連企業と言えども原発に勤める方々はごく一般の人達であり、柏崎市民においても原発関連の職についている方も多いのだろう。

 柏崎市の刈羽村は「原発立地が過疎化対策の切り札」と言うだけあって「原発と共存共栄でいくしかない」と地元住民の苦悩の声を今朝の新聞で見た。
 「原発の恩恵で暮らしていける?」という土地柄ならではの記事かもしれない。
 原発立地に伴う柏崎市への国交付金は計21億で市財政をはじめ、地元経済は原発に大きく依存しているとも書かれている。
 しかしながら、すぐ近くに地震よりも怖い放射能というものを感じながら避難所生活をする方々の心労も計り知れないと思う。

 もう何年も前に、ロシアのチェルノブイリ原発の大事故があり、今でもその時の放射能汚染によりロシアの子ども達が日本にきて治療を受けているニュースをテレビ等で見る・・・
 日本は原子力爆弾が投下された世界でも唯一の被爆国であり、その惨劇と今でも残る後遺症は恐ろしい事を十分知っている。
だから、世界に向けて原爆の恐ろしさ・放射能の恐怖を知らしめる責務を、果たさなければならない国だとも言えるのだろう。

 つい最近、あれだけ久間前防衛相の発言を叩いたメディアの対応は・・・

 今までの平穏な暮らしとそれをもたらしてきた原発が、「新潟県は大変な地震県だった」となると「地元の声ではなく、日本中の声」として刈羽原発は当然だが、日本中の原発を見直す時でもある筈・・・

 新聞をはじめとする多くの報道のメディアは、この事をもっと大きく取り上げ、「豊かな日本の成長には、危険がいつも背中合わせ」なんだと言ってもらいたい。
報道の役割を感じる・・・ そんな、今日の新聞です。


7月17日 
平成19年新潟県中越沖地震
新潟県上中越から長野県にかけて、また大きな地震である。
亡くなられた方が今朝までに9名、負傷された方も900名を越す大震災となってしまいました。

 できるだけ早くの災害復旧を願い、災害にあわれた多くの方々に
心よりのお見舞いを申し上げます。


7月13日〜14日PM8:10更新
 高校生と昼休みに話し込んでしまいました・・・。
 「人が見てない時に、仕事をすると面白いよ」
毛呂山高校では、インターンシップと称して、あらゆる業種の体験から「生徒達が将来の進路に役立ててもらう」という事業を行っている。
 我が農場にも4人の生徒が来て、10日、11日、12日の三日間だが苺のハウスの片付けなどを手伝ってくれた。

 毛呂山町立の二つの中学校でも、もう10年になるだろうか?総合的な学習の一環として町内の事業所に3日間だが、中学生を振り分けて体験から幅広い教育を目指している。
 十年一昔・・・と言うが、我が農場も何度となく中学生を受け入れてきた。が、最近のこども達は、この事業が始まった頃・・・つまり10年前のこども達とは、「ちがうんだなぁ」と思っている。

10年前、初めて毛呂山中学校から14名もの生徒が体験学習にきた頃は、農場の仕事も多かったので、14名でもなんとか作業をさせることができたが、それよりも「こども達が言われた事をしっかりと最後まで遊ばずにできる」という、根本的な資質というものができていたのだとも思える。
 それが最近では、学校より依頼される人数は4〜5人と少なくなったが、だんだんと集中力が無くなり初日より二日目、二日目より三日目と遊ぶようになってきた。

「二八(にはち)の法則」というものがあって、それは何かをやらせた時に全体の二割ぐらいが、ふざけてやらないことを言うのだけれど・・・・現代では、全体の八割か、ひどい時は全員がふざてしまう時もある。
私の指導力の無さだろう・・・とも思いながらも、お茶休みの時などに必ず生徒達に話すことがある・・・

「私は、もう何人もの生徒を実習で受け入れてきたし、仕事の内容と仕事をする人数で、大体どの程度の時間で終わるかは判るんだよ。仕事を指示した人が見ている時に仕事をするのは当たり前、でも仕事を指示した人がいないからって遊んでいれば、その人が戻った時にどういうことをしていたか?は、すぐに判ってしまう。
 指示した人も、それじゃあいい気持ちではないだろうし、信頼もできなくなる。
だから、次はどうでもいい仕事を充てるようにもなるし、会社で言えば[君はいらないよ]という事にも成り得る。
 私は、人を驚かすことが好きだから、人が見ていない時に[そんなの不可能だ]と思うことをやってみたくなる。だからそれをやり終えた時は、自分でも嬉しくなるし・・・自然に信頼もされるんだと思う。
 皆も、これから高校・大学・就職と人生を歩むだろうけど、人の見ていない時に[何かをやってみたらいいんじゃないかな]、きっと高い評価を受ける人間になれる筈だから」・・・と

 毛呂山高校の生徒達に、実習初日の朝一にこの話しをしてみた。
そのせいか、毛呂山高校の4人の生徒達は、すごかったです!。
 一日目・二日目と午前中公用で、私はいなかったのですが指示した事すべてやり遂げ、私が帰ると「どうですかぁ」と、言葉では言わないのですが横目で満足げに私を見るのです。
 「おおっ!すっっっげェー やっつけたじゃん!さすが毛呂高生」。
などと言いながら、中学生にはさほど効果がない話しですが・・・
 毛呂高生は、なにかを得てくれたのでしょうか?。
                         

7月11日AM6:30更新
町事業で、町民へのサービスの低下と言えます。
 昨日、午後3時過ぎよりJAもろやま野菜直売組合の役員会がありました。
 夏の味覚祭り・視察研修・栽培講習会等々の議題が話し合われましたが、最後の[その他]で、今年の毛呂山町産業祭りについての経過説明では、「町の産業まつり」の今後が不安でもあります。

 昨年、大谷木の運動公園から規模縮小の形で街中のJA敷地を借りての開催は「来場者も多く成功だった」と町長の評価がありましたが、今年の会議では、商工部門で不満が出た結果である。
 昨年は、商工部門65店舗、農業部門15店舗だったようだが商工部門はJA敷地の奥駐車場であり、舗装でない事からホコリの問題もあり、飲食には不適が第一の理由でもあるようだ。

 そのことで、農業部門と場所を交換する案が出されたようだが、JAの敷地以外での開催が、商工部門の考えにあったのだろう。
 結局、商工部門は商工会が主体となり毛呂山町役場駐車場で行い、農業部門はJAが主体となりJA駐車場で同じ日に開催する結果となった。
 当然、町の予算の関係から産業振興課も係わるから冠が三つある事になり、「町の産業の発展はまとまりがつかない事態」でもある。

 大谷木の運動公園での開催は、町プールの廃止の関係等、駐車場で問題があり、一年で元の会場に戻すことに町側の抵抗?も見受けられる。
 来場される近隣住民の便宜が図られない「同日別会場開催」は、産業まつりが近づくにつれ問題視されるのは当然・・・
 いくら二つの会場間が近いと言えども、歩いて会場の移動は、高齢者や障害を持たれている方では大変であろうし、車では駐車場の心配をその度ごとにしなければならない。
言い換えれば二つの部門が、それぞれに「我を張った結果」であり、 「そのとばっちりが来場者に掛かった」とみられてもしかたがない結果だろう。

 昨日の直売組合の席上「井上さんは、今回の件どう見てます?」と組合長に振られ・・・
「私は、産業まつりの会議に出る立場ではないのですが、他の人から経過等は聞いていましたし、結果とすれば時代に逆行するような気がしています。
 二会場を結ぶ道も多分、車の通行止めはできないでしょうし、来場者に負担も掛かるでしょう。
 どうせなら、別の日に農業祭りとして開催した方がいいとも思っていますが、今更、今年に関しては無理でしょうから、とにかく皆さんで盛り上げて内容のいい産業まつりにしていただく事しか、今の段階では言えないです」。と答えた。

 財政難・・・、町予算の減少から事業の見直しがなされ、その結果が思わぬところで「負の影響」を町民にかけている。
 今回、「産業まつりに出店する側・産業まつりに来場される側」の双方から町に対する厳しい言葉が出るはず・・・

「来年への反省点が、しっかりと見えるでしょうから・・・いい産業まつりにつながるように、今後の事も踏まえて皆さんでがんばりましょうよ」
 との言葉を最後に付け加えた・・・


7月7日AM4:00更新  七夕祭でした
他の議員のHPは、見ないが主義です!。
 先日、議会だよりの編集の際、同僚議員からホームページ開設の話しを聞いた。
 後援会活動が盛んになるこの時期、当然だがホームページは必須アイテムであろうし、毛呂山町議員では6人目の開設らしい(毛呂山町議会事務局談)
 
 私は、「他の議員のホームページは見ない」が主義である。
議員であれば、自分なりの考え方があり、それを訴える事により支持者がうまれ「選挙という有権者の審判」を4年に一度受ける訳である。
 自分なりのプライドもあるし、他の議員の言わんとする事は常日ごろの活動を見ていれば、「その議員のホームページを見なくてもだいたいの事が判る」が理由だが。

聞くところによると、その同僚議員も知り合いにホームページを作ってもらったと言うから、議会事務局のパソコンでアクセスしホームページのおおまかな組み立て方とリンクのやり方だけ見せてもらったが(当然、内容・記事は読まない)新しい感じがして、なかなかのできばえである。
 私も、昨年の10月にホームページを開設して8ヶ月だろうか。使ってないページや更新しなければならないページもあり、そろそろ「模様替え」の時期なのかも知れない。

 おかげ様で、この私の視点は開いていただける方が多く、昨日なども一日で500以上ヒットしているので書き込みだけは続けたい。
 議会だより57号の事で「継続は力なり」と言わしてもらったが、何ヶ月も前から、yahoo!のサイト「地域情報ー埼玉県・暮らし・健康・政治」でも議員欄で私のホームページが紹介されている。
(井上健次で検索していくとocn,yahoo,Googleで3〜4ぺージ目にあります。)
 アクセスできる窓口が多い事はいいことだし、そうでなくてもあらゆる言葉の検索でアクセスされているようなので、其の点も逆探知のように調べてみると面白い。先日は「農業改良普及員」や「士農工商」の文言でアクセスしてきた方もいました・・・

 一日の時間が、倍以上ほしいこの時期でもある。極力「早寝早起き」で一日を計画的にこなし、このホームページ更新の時間をつくっていきたい。それも議員活動の一つだと自分自身、感じていますから・・・


7月5日PM12:10更新
三角形がいっぱいの話し
防衛庁から防衛省となり、初代の防衛相となられた久間章生氏が離任し、首相補佐官だった小池百合子氏が女性初の防衛相として着任した。国際的に活躍される大臣だが、大抜擢???と言える人事でもある。

以前、飯能に小池百合子氏が講演に来られて、その際「記念に・・」とお願いし、並んで写真を撮らせて頂いたが、これからはそのように声をかけられる場には遭遇もできないだろうし、私的には宝物のような写真になる。

 ちょうど4年前、西入間警察の警察協議会の役員を請けていた際、町議員に立候補する関係で西入間署に「辞職したい旨」の挨拶に伺った時の事だが・・・
 当時の署長から
「政治の世界は、三角形の集合体が幾つも集まりそして積み重なって構築されているような世界ですから、是非努力されて大きな三角形を築いてください」と言われたのを思い出す。

 なるほど、町の一議員でも選挙により支持者ができるが、言い換えれば一つの三角形であろう。つまり議会というものは、議員が18人なら18個.、14人なら14個の三角形が集まり、「町民or町の縮図を形成している」とも言えるのではないだろうか。

 これが政党になれば、もっと具体的に見えてくる。
町あるいは市の同じ政党議員の集合体が県の議員を支持し、県の議員の集合体が県で細分化されて擁立された国会議員を支持し、それにより政権を任される政党が民主主義の世界で認められている。
 そのような国の中央では、でかい三角形の天辺にいる代議士が集まり首相を支えている構図があり、日本という大三角形の天辺に安倍首相がいるのだろう・・・

 安倍内閣になってからの三大臣の入れ替え人事は、言うなれば日本という国を動かす首相にとっては、足元を支える地盤役の三角形がグラグラしているようなもの。
 そして今回の人事では、くずれそうな地盤に一回り大きそうな三角形をはめ込んだように思えてならない。
 
首相補佐官は、5人いるが今回の人事で大事な駒を一つ使ってしまったのだから・・・その意味でも安倍首相は、もっとも近くの「大事な支えとなる三角形」を失ったのかも知れない。

遠い世界に自論を唱えていられない時期、自分の三角形づくりが大変ですから!

7月4日AM8:10更新
あわただしく、今朝は200タッチ・・・!
久々の、まとまった雨である。田んぼもこれで明日には終わりそうだ。
ここのところ、国会の動きが定まってなく、大きな波紋を引き起こしている。
 そのことは、明日にでも書き込みたいが、今日は議会だよりの一校で役場なので朝から忙しい・・・
 
 一校は、時間が掛かるから多分午後までだと思うが、どの程度の仕上がりか楽しみでもある。

7月2日AM4:30更新
先が明るい西大久保耕地と、お先真っ暗らな沢田耕地
「井上さん、やっちゃえよ、雀のお宿じゃ困るから・・」
いつも西大久保の耕地で話しをする山崎さんに促され、昨年やりかけてできなかった毛呂山高校から西側で南掘りの荒れた3枚の田を、今年の田づくりの最終にあたり4日前から手がけた。
(私的には、それどころではなく早く田を切り上げて・・・と思ってた矢先ですが、頼まれると嫌と言えない性格。西大久保地区のためになれば・・・、との思いから)

 沢田耕地から、トラクターや田植え機4台を移動し、さながら機械の展示場のようである。
 昨年、私が再生した田を請けて頂いた小島さんにも、その3枚の田を来年には耕作できるか?を依頼・確認してからだが・・・
 大久保耕地対策会にも協力してもらい、ハンマーナイフモアを貸して頂き、鬱蒼(うっそう)としていた葦も粉々にでき、耕運から水を入れての代かきで、それらの雑草のゴミを浮かして畦に上げた。

 自分もそうだが、山崎さんも小島さんも長年の米作りで経験は豊富だから、その田の状態でどのような対処が一番適した作業か判っており、必然的に3人の「稲作評論家?」の考えは一致する。
 わずか3日の作業で、それも3日間、朝を迎える度に田の様相が変わるものだから、散歩で通る方々も「綺麗になるもんですね〜」と毎回の驚きの言葉である。
 最後は、水をできるだけ少なくした後に、左官職人が土壁を捏ねる
(こねる)ように、ドライブハローと言う作業機で浮かしきれないゴミを土と絡ませて均平をとりながら仕上げる。

 田は、機械力である。
昔の人力による耕作では限界があるが、ある程度の機械を揃えれば田づくりは拡大し、拡大した規模に見合う機械が進化しながら、その上の規模拡大へとステップアップして行くのだろう。
 3〜4反の米づくりには、3〜4反に対応する機械。10町の米づくりなら、それ以上の余力まで考えた機械を必要とするのが現在の農業であるから、「機械メーカーのために働いてる」と言われてもしかたがない。
 しかしながら、機械と機械をあつかう担い手がいる西大久保耕地の将来は明るいが、沢田耕地のように機械も担い手もなく、私が張り付いている耕地の将来は暗い・・・

 沢田耕地から、耕作の依頼を受け始めて既に7〜8年経つだろうか?再三に渡り、沢田地区がおこなっていた営農集団に「できるだけ早く営農集団の再活動をお願いしますよ」と言っているが始まらない。
 自分の中では、「もう、荒良治しかないのだろうか?」と思い始めている。はっきり言っては問題があるので差し控えるが・・・

 営農集団化したことで、田を持っている地権者が集団に田を貸し、耕作をしなくなった。
耕作をしないのなら高い農機具はいらなくなるし、何年もすれば米づくりのやり方も受け継がれなくなる。
 営農集団も軌道に乗っている頃は良かったようだが、構成人員も高齢化し後継者も作らず、備えた大型農業機械も整備不良で効率を悪くする一方だったようだ。

 以前、沢田の耕地で秋ぐちに、コンバインからこぼれた籾(整備が十分されているコンバインなら籾はこぼれません)が発芽して刻まれたワラの隙間から真っ青に稲の芽が伸びている光景を何回か見たことがある。
 整備不良から減収を引き起こし、営農集団の運営までにも支障をきたしたのだろう。
 
 10年以上も米づくりをしてなかった地権者に、「営農集団では、もう作れないので田を返します」では、返された地権者も農機具はかたずけて無いし「今更、米づくりはできない・・・」の思案は、当たり前の事。
 現に、沢田耕地で私以外で米づくりをしているのは、営農集団に参加しなかった方々ばかりで、「営農集団が沢田の耕地を駄目にしてしまった」と言わざるを得ない。
 
荒れていても、再生すれば次の年に耕作を引き継いで頂ける西大久保耕地は、やりがいもあり明るいが、いくら呼びかけても「馬の耳に念仏」のような沢田耕地は、お先真っ暗ら でもある。
 特に、沢田耕地の営農集団は、補助金も投入されて始まった施策であり、経過年数も含めて最近言われる補助金変換の問題は・・?
そして、行政の対応は・・・?

6月議会一般質問で取り上げた「補助金のあり方」についての考察
 後継者対策などと補助金枠は設けても、小学校の体験農業に数万円を充てる事が、本当に後継者対策になるのか!?
 もっと、しっかりした「先を見た施策」を行うべきである!そして補助金そのものの考え方も・・・。
 大なり小なり補助金は大切な税金で補われているのだから・・・

 沢田耕地の事、今日はとりあえず小石を投げておきたい。それから先は波紋次第で今後を考えたいとも思う。

6月26日AM5:00更新
継続は力なり・・・
昨日は、議会だより57号の原稿入稿で、午前中から役場において議会だより編集委員(議員)が集まり、担当する記事の最終チェックが行われた。
 6月議会は、3月議会・9月議会とは異なり、議案も比較的に少ない関係から、議会だよりにおいても、いつもより早く11時前には終わったが、担当議員はいつもながら大変である。

 今回、私は見開き2P〜3Pを受け持ったが、「6月議会の顔」とも言える、見出しの台題で悩んだ。
議会全体の雰囲気から在りの儘(ありのまま)の言葉で表現してみたので、7月20日の配布を楽しみにして頂ければ・・・
 
 昨日の入稿に合わせて、町議会議員選挙もある事から4年間の労を互いにねぎらう意味も含め夕刻に慰労の会が開かれた。
 議会だより編集に関わる話しは当然だが、藤岡議員のデジタルからアナログへと逆行する話しや魏志倭人伝から卑弥呼に至るまで、変わった視点の話しが聞けたのが印象にのこる。

 最後に、議会だよりの副委員長でもある小峯貞夫議員から、毛呂山町の議会だより発行に関わる挨拶があった。
 
現在、「毛呂山町議会だより」が57号まできたが、その発端は小峯貞夫議員による提案から始まり、創刊号から今日の57号まで編集委員として携わってきたとの事・・・
驚きもあるが、議会の有様を町民に知らせたいという熱い思いに、議員としての感銘を受ける。
 私など、「議会だよりはもう少し議員に係る負担を軽減するべきではないか?」と話しているものだから、なおさらだが・・・

 「議会だより」も、この4年間で内容も充実してきたのではないだろうか。
町民の方々に「読んでもらえる議会報」を心がけ、喧々諤々(けんけんがくがく)委員が一丸となり、取り組んできた成果だろう。
 まだまだ、一校・二校と最後の仕事が残るが、「終わりよければすべてよし」という安易な思いではなく、「町民の方々に、町議会をもっと良く知っていただきたい」という、議会報に携わってきた先輩議員の思いを受け継ぎ「継続は力なり!」の精神で締めくくりたいと思う。


6月22日AM4:45更新
毛呂山町の、西戸で・・・
ゆっくり?ですが着実に観光事業は進んでいます。
 まだ、内容については時期をみて公表いたしますが、その関係で現在その土地に関わる遺跡の調査が毛呂山町の歴史民族資料館の職員により行われています。

 私が住む毛呂山町の西戸は、大変遺跡が多く出る所であり、その点でも太古のロマンを感じる土地柄でもあります。
 南に越辺川を有し、北に東原団地(とうはらと言っていますが本来はひがしはらのようです)からなる小高い山、その間の平地(今の西戸の集落)が生活には、適していたのでしょう。

 なぜなら、まず食料ですが川の幸・山の幸に恵まれていた事。
また北側に山がある事で北風などが和らげられ気候的にも温暖だったと言える事。
 そして、耕作をしてわかるのですが、西戸の土地は石間で重粘土壌と、作物を作るには大変ですが、実に味と香りのいい野菜が作れる沖積土壌でもあります。
(以前、我が農場の土を細かく分析した結果、日本各地の土壌でも指折りでの上位数値となりました)

 (今回とは別に、以前、私が農地改良で盛り土の申請を農業委員会に出した際も、遺跡の調査が行われ弥生時代の住まいが二つ出ており、一つは火事により焼け落ちたようで土器などがそのままの状態で出土した貴重な事例として「久根下遺跡」と命名されたようです。)
 
そんな折、遺跡の調査をしている資料館の職員でもある佐藤さんから面白い話が聞けました。

 「たんに縄文時代と言っても1万年の幅があり、以前に出た久根下遺跡は今から約3000年前の比較的後期のものといえます。
 1万年も続いていた時代なので、大きな争い事もなく比較的平穏な時代だったのでしょう。
住まい跡が丸い物は縄文時代でも前期で、煮炊きをする場所が建物の中央に位置しているのが特徴です。
 それと比較して、住まい跡が四角い物は縄文時代では後期の物でこの頃になると、住まいの奥に釜戸のようなものが作られ、煮炊きの際の煙は、建物の外へ出すように煙り出し穴があったようです。
 住まいを作る場所は、地形的には盛り上がった場所の南側の斜面部分で、北側斜面にはありえないですね」。

 私がその時代の平均寿命を聞くと・・・
「縄文時代の平均寿命は30歳です。織田信長の時代になって50歳ですから・・・、産まれてすぐに亡くなってしまう数も含まれるでしょうが今のような、長生きは縄文時代では考えられないでしょうね」。
 
 しばし絶句でした・・・
「現在のような、高い税金もなかったし、介護保険も払わなくてもいいからなぁ〜 まあ、のんびりと生活もできてよかったかも知れないけど30歳で死んじゃうんじゃね。吉田松陰も29歳で死んでしまったけど、
それとはまた内容も違うし・・ちょっと早すぎないかい?」と談笑しつつ
 太古の風を感じながら、
     現実的な税金や保険の話が出てしまうようでは、  と・・・  
       そんな、暑い日の午後でした。

6月19日AM4:00更新
私は思う、士農工商について。
 昨日、役場に用があり、帰りに産業振興課に寄った。4年間で毛呂山町の遊休農地がどのくらい解消したのか?を知りたくて担当に聞いたが、すぐに集計はできないようだ。

 話しのついでに出た事だが、国は水田ビジョンと称して市町村単位で水稲の作付け面積を各々の自治体で計画的に算出させているが、その背景には、やはり減反の締め付けが見え隠れしている。
 自給率30%台で、自国の農業を守らず輸入に依存する日本の政策は、どこからズレてきたのか?

 江戸時代、階級の差が激しく農民から厳しい年貢の取立てで、全国各地において百姓一揆がおこった。
 農民の怒りを沈めさせる一つの施策として、「士農工商」という公的な格付けがされたが・・・

「武士、つまり役人の次に、大事な食料をつくる農民が偉いんですよ。次に物を創り出す職人さんが偉いんですよ。その下は、商人(あきんど)さんですよ」。そんな説明があったのだろうか・・・
 実際には、農民はだまされてばかりで、士と商の癒着は当たり前の時代でもあったのだろう。
 百姓から厳しい年貢の取立ては変わらず、それとは裏腹に商人には年貢の制度もないから、商売では自由に儲けられた。
 特に、その商人の中でも多額の財を成した者は、士つまり役人に賄賂を渡し、貿易にも着手できた訳であり・・・
テレビの時代劇でよく見る「越後家、おまえも悪よの〜」そのものだ。

 では、現在はどうだろう?
自国では、米の減反であったり、野菜も豊作になればキャベツでも大根でもトラクターで潰す場面が報じられる。
 かたや、中国をはじめとする諸外国では日本の商人がドッと入り込み、日本という自国のマーケットを思いのままに操作しているのが実態である!。
 自給率が下がろうが・・・
      遊休農地が増えようが・・・
          それにより環境が悪化しようが・・・おかまいなし!
 
 政治家は、お金がかかる?どんな時代でも献金というしくみでお金が動いている。だから自国のなれの果ても考えず、政治家に献金できる人が優遇され、その癒着が時にニュースでもとりあげられている。
 江戸時代から、すでに300〜400年も経とうとしてるのに、よくよく見れば「なんだ、士農工商とたてまえばかりの政策で、大昔となにも変わってないじゃないか!」
年貢というものは、確かにないが変わりに今度は、「米を作るなっ」と言う。「勝手に作って米が余って、価格が下がっても知らないよ」が政府の言わんとするところ・・・
 
日本は、これからどうなるのか?いつまで経っても変わらぬ、たてまえばかりの「士農工商」ではなく、自国を守る政策・高い自給率の日本をつくらなければ、必ずいつか取り返しのつかない事態が訪れる気がしてならない・・・・・
 そう思うのは、私だけだろうか。


6月18日AM6:30更新
野上がりは、大事なコミュニケーションの場
田はまだ、終わらないかい?そんな言葉に「早く野上がりしたいもんですよ」。と答える・・・。が、今月いっぱいかかりそうだ。
 「野上がり」のしきたりは今はなくなってきたが必要です。
以前自分の町政報告「もっといいまちへ」に書いたビジョンを書き込みます。
 
 作家、武者小路実篤が毛呂山町に「新しき村」を建設し今年で88年になる。(昨年の記事ですので、今年89年です)人間で言えば「米寿の祝い」、米が八十八と書くからとは、誰もが知ってる話しだが脈々と続く共同の精神と村を支える多くの方々に敬意を表したい。

学生時代「村落共同体」を学んだ。幾つかの解釈の違いはあるが、農業機械がまったくない時代、農作業は大変な重労働で特に春の田植え、秋の稲刈りは、隣近所、親戚が「助」あるいは「ええ仕事」という同じ程度の面積に対し同じ程度の人員の貸し借りをし、助け合いながら農繁期をすませてきた。
 春の田植えが終われば「野あがり」という宴を開き、そこには家族の単位から組そして村の単位まで、結びつきが強かったのは当たり前の時代でもあった。

その後、就業人口の移り替わりによる農業人口の減少、農業機械化のめまぐるしい発展と普及により、家族や村の共同体の作用は薄れ現在に至っている。

 村落共同体の理念を行政運営に・・・
それは今、多くの自治体が取り入れ始めていること。
村落共同体という言葉を引用してないだけで、「住民との協働」という言葉で表されています。
 さまざまな行財政改革により、施設・組織・機構などの見直しがなされ、簡素で効率的な行政を実現する観点から、住民や民間の団体が主体となり公共的サービスを行う。
 また、そのために職員の意識改革がなされ、活動主体と積極的に連携・協力する事で、これからの行政運営が成り立っていくのである。

   「自分も生き、他人も生き、全部も生きる世界」
                 新しき村の理念を町政に・・・
「野上がり」による、人と人とのコミュニケーションが必要な時代です。

6月12日AM3:45更新
越辺川での不法行為、対策の方向性が協議される
過日、越辺川の護岸を不法で変えてしまった事件について、昨日飯能県土整備事務所職員3人が現地に来て頂けたため、水利役員と今後の協議ができた。やっとである・・・
 ただちに、今回の事態を引き犯した事業者に現状回復させるとの事また、河床の砂利については護岸に貼り付けさせ、移動したテトラポットも以前あったであろう位置に据付させるとの事だが、まったく元の形態を復元できる筈はない。
 砂利も、人工的に動かしたのでは、水流で動きやすくなっているだろうから、大水での二次的な被害(耕地の堰前に砂利が堆積するおそれ)は、十分考えられるため、その点も含めて今後の対策をお願いした。
 
 お昼休みには、毛呂山高校の教頭先生がみえられ、13日に行う生徒の田植え作業の打ち合わせができた。
 生徒33人、先生も全員の9人が出ての手植えによる田植えである。約700uの田を30分で植えきれるか心配でもあるが、高校生活でのいい思い出になればと思う。
 この件、まだ西大久保の田んぼの用意ができてないため、今日は急いで沢田から西大久保へ移動である・・
 田も残り25000uであろうか?なにもなければどんどん進み3日もあれば終わる面積だが、いろいろな対処でまだ時間がかかりそう。
 
夕刻、議会事務局が例規集の加条(?)で例規集を取りにきたが、議員貸与のパソコンがあるので、例規集は庁舎に置いたままでもいい。
特に8月の陣もあるので、先の事を言うのも気がひけるが・・・

 議員貸与のパソコンだが、使う人間の指紋認証はいらないとも思う
今、田植えの作業で指先がガサガサになっているせいもあり、なかなか認証できないもので時間がかかるのが理由だが・・・
 ネットにつながない訳だし、私などは自宅での使用で他の人が使わないのだから、面倒でしょうがない。 後で、情報室と相談したい。

6月8日AM4:30更新
今日も、朝から5反の田植えか・・・とボヤク
どうしても、議員控え室では選挙関係の話しになりやすい。
昨日は「なんだかんだと言っても1〜2人多いくらいかい?」。
まだ、まったく見当もつかないが議員定数削減で閉塞観がみられる言葉でもある。
 同僚議員の一般質問での「出馬宣言」にも驚くが、ある意味では選挙に対して拍車がかかる作戦?・・・
私といえば、まだ沢田耕地と西大久保耕地の田んぼが約4ヘクタールもあり、この田植えが終わらなければ動きもとれない状態で気持ちだけが焦るばかり・・・
 まさか、「今年は田の依頼をされてもできませんよ」などとも言えないし、なんとなくだがハンディを背負ってる気がしてならない。

 今日で、6月議会が終わるが議員の皆さんも一気に動き始める事でしょう。
ふと、旅客機の離陸の時を思い出します。
離陸の際アナウンスでシートベルト着用の案内があり、緊急時の避難説明、天候のようすと機長からの挨拶があり・・・、
気持ちが高ぶってくるころジェットエンジンも全開!。でも滑走路を滑り始めないのは、タイヤがロック(ブレーキ)されているためで、そのロックが外された時の加速(G)は、なんとも言えない感じでもあります。
 議長・町長より、6月定例議会閉会の挨拶(さながら機長の挨拶でしょうか)が終われば、あの離陸の瞬間と同じなのだろう。

 私の体は、田植えでガチガチにロックされたままですが・・・

6月7日AM8:45更新
「マニフェストに掲げた以上、なんとしてもやらなければならない」。
小沢町長も強気で答弁だったが・・・
 小沢町長のマニフェストの中の「水道料金の値下げ」と「子ども医療費無料化を中学校卒業まで拡大」について、5日の私の一般質問に対する答弁だが・・・
 昨日、6日は上田埼玉県知事の来町のため休会でしたが、今日で一般質問が終わる。
昨日も仕事の合間に何人もの来客があり、夜には8月の件でえっという話しも・・・
 とりあえず、私の一般質問に関するまとめは、また後日で書き込みます。
2学期制の事・士農工商の見地(6月19日で書き込みました)なども含めて、宿題が溜ってしまった感じです。

6月5日AM3:15更新
欠けていく、住民サービス
昨日の同僚議員の一般質問に対する執行部側の議会答弁については、聞いててあきれてしまった。
 町内巡回バスの一部の路線である(目白台と東毛呂駅)が平成20年3月をもって廃止されるが、その事に対して多くの町民の方々から存続が望まれている。

同僚議員の質問に対し、執行部側の答弁の中で、「1便の乗降客が3.9人で、運行会社は採算がとれない」との事。
 その答弁は確かにわかる。目白台地区を走っている路線バスをいつ見ても人が乗っているのが、まれなぐらいで会社とすれば当時の開発業者との協定がなければもっと早い時期に止めたかったのだろう。
 その後の再質問で「町全般での巡回バスの考えは?」に対して、担当課長も小沢町長も「検討していきたい」だが、いまさらその答弁は
その場しのぎのなにものでもない!

 町内巡回バスは、今まで何人もの議員が質問しており、私も平成16年の3月議会において「ラッピングバスの導入」で聞いた経緯がある その時の執行部側の答弁は・・・
「15年度に検討会議を3回やった」 
「近隣市町における巡回バスの運行状況について調査や財源等の見通しについて検討した」
「町内2路線で考えた場合でも2500万〜2600万が当初から必要になる」

つまり路線バス導入は難しいと言う見解であり、事実、議会以外の場でも無理な施策と言ってきた執行部である。
その経緯も、昨日の答弁では話さずに「これから検討していきたい」では今までの議会でのやりとりは、なんだったのか?!怒りたくなるよりあきれてしまって・・・
 
先日、議員研修で野田市の行政改革を視察したおり、市内巡回バスが市民から好評だという話しが聞けた。
 まめバスというネーミングで親しまれているようで、市内4ルートで1日の平均乗降客は854人、平成16年1月9日から運行を開始して、すでに90万人を突破するとの事である。
 昨日の、同僚議員もこの話をされたが、枝豆のキャラクターを2個屋根の上に乗せ、枝豆の緑・大豆のベージュ・小豆の茶の3色のカラーリングは、遠くからも目立ち子ども達が乗りたくなるのも納得できる。
 回数券の表紙を3枚集めると、野田市の特産である(枝豆プレゼント)の企画も面白い!。

 平成15年度、近隣の市町での巡回バスなどを参考にして検討したのでは、マイナス要因だらけでとうてい導入できるはずもない!。
「今からでは遅い施策・・・」とあきらめ的にみてるのかも知れないが、野田市の取り組みは野田市と関宿町が平成15年6月6日に合併してから、手がけた「住民の要望による施策」である。
 毛呂山町も住民の要望が多いから、今まで多くの議員が議会で取り上げ、小沢町長自身も早くから町内巡回バスの運行を口にしたはず。

同時期より遅く手がけた「野田市のまめバス」を見ると、毛呂山町の取り組みに対する視野の狭さを感じてしまうのは、私だけだろうか?
 毛呂山町役場職員の方々、是非[野田市のホームページからまめバスを検索]してもらいたい。

 19ページに及ぶ「まめバス運行までの経緯」を参考にした後に、執行部側の検討会を行う事を強く望むものです。


6月4日AM4:30更新
とりあえずの対応がすみましたが・・・
地元での事件は、毛呂山町西戸地内においての越辺川で水の勢いを抑えるテトラポットの上に重機で川底から砂利を上げて護岸を無許可で変えられてしまった事です。
 この場所から、100mもしない下流では西戸耕地の堰があり、もし大水がでればテトラポットの上の砂利が流され堰をふさいでしまうのは当然予想される事です。
西戸耕地で田をしつけている方々においては、とんでもない出来事!
 再三、飯能県土整備事務所に対応を要請し、木曜日には西入間警察にも連絡した結果、金曜日の夕方になって不法で今回の事件を起こした事業者が現状を元に戻す事で、とりあえずの方向性がみられました。
 ただ、大量の砂利を上げてしまった事と、「どの程度が元の状態だったのか?」も判らないようなので、現状回復までしばらく気が許せないのが実態です。引き続きの監視が必要・・・

先日の新聞で、2005年における日本でのCO2の計測数値が発表されました。
 結果は減少ではなく増加であり、京都議定書では1990年の基準年より6%減少させるわが国の目標ですが、かえって差が開いてしまいました。
 6月1日から、毛呂山町6月定例議会が始まり、初日の議員全員協議会でクールビズの対応が話されました。
 「あまり、クールビズだから・・となるとだらしなく見えるので、上着はいいにしても、ネクタイぐらいは着用でどうだろう」との事。
 その日のお昼に放映された、国会での議員のクールビズファッションが、、あまりにもだらしなく見えたのが「ネクタイくらいは・・・」につながったようです。
 町ならではのローカルな対応ですが、とにかく環境を考えエネルギーを削減させていくことを「日本人の1億マンパワー」で進めないと達成できない京都議定書の目標でもあり、そのことを前提にした話しにしたいものです。

 ちなみに、我が家では子どもができた年にエアコンをはずしてしまい以来エアコンがないままです。自然が相手ですから、慣れればなんでもないですよ!

今日は6月議会2日目、4人の議員の一般質問です。
私の質問は、明日6月5日の4人目で「3期目の舵取りは・・・」と題して小沢町長に問います。
議会の傍聴は、自由に誰でも聞けます。多くの方々が「毛呂山丸という船」の行方に関心を持って、是非聞きに来てもらいたいものです。 

5月29日
学校という聖域
だいぶ時間が経過してしまったが、この私の視点での2月14日に書き込みした2学期制導入に対する 越権行為にならぬようの私なりの解釈を述べたい。

私が、PTA役員を引き受けたのは、今から9年前・・・つまり平成10年の2月か3月だったと思う。
 川角中学校のPTA会長と副会長が揃って訪ねて来られ「是非、川中PTAの副会長になってもらえないだろうか」と言われた。
 その年の1月にも、川角小学校のPTA会長(実は同級生)から「川角小学校のPTA副会長を受けてもらいたい」という、いわゆるオファーが先だった事もあり中学校の方は、お断りをしてその日は帰って頂いたのだが・・・
何日か経って、再度の強い要望に(忙しいのに帰らない)根負けして引き受けてしまった。
 その時の約束は、「副会長は、受けるけど来年度会長というのは、なしですよ」だったが意味のない約束で、PTAという組織はいきなり会長というのは難しく、やはり役員をされた経験から次期の役員を選出するのが望ましいから、翌年は会長を受ける羽目になった。

 副会長として、はじめてPTAの内側を見て驚いたのは、先生方や学校を批判する保護者役員が多い事だった。
「これでは、学校が良くなるはずがない。親が口にする学校批判で先生と生徒の信頼関係は産まれないし、保護者の協力もなくなる!」
それが実感だったが・・・ 
それでも副会長の立場で、先に役員になっている会長や他の先輩役員が築いてきたPTAをいきなり変える事もできず、先生方と衝突した事もしばしばだった事を憶えている。
福祉会館の会議室を借りての「川角中学校PTA懇親懇談会」では、司会を務める私と体育の先生とが言い争いをする始末・・・収拾がとれないまま解散した苦い思い出がある。

 平成11年度、会長になった私は「とにかく先生と保護者の信頼関係をしっかりと執る事で、子ども達の学校を見る目が変わるはずだ」と考え、学校批判・先生批判はしないPTA活動を心がけた。
 役員や保護者で、そのような批判的な話しを聞けば「学校で起こっていることを子ども達からの言葉で鵜呑みにしないで、判らなかったらまずどういう事なのか先生に聞いて下さい。それでも問題があると感じるようなら校長先生か、内容に応じてたは会長の私でもお聞きしますので、判らないままでの風評はしないように・・・」と話した。

当時の中学校は、とにかく荒れていました。
校長先生からの私への連絡も多く「ガラスが割られました」「天井にまた穴があけられました」「便器が割られました」「校舎に卵がぶつけられました」「放送器機が盗まれました」あげくには校庭の木が7本も切られる始末で、何人かの子ども達が行う学校の破壊行動は、想像もできない・・・  ビックリする事をやるものです。
 その、ビックリするような事をわざわざ考えて実行する程エスカレートしてしまったのだとも言えます。
                       まだまだ、つづく
                   

5月28日AM5:00更新
いい時期に、まとまった雨が降りました。
 越辺川の水位が上がり、またしばらくは水の心配から開放されます今年の西戸耕地の役員さんから「番水をやるようですかね?」と聞かれたので「一度、役員会を開いて対策を検討すると、たいがい雨が降るもんですよ」とこたえたが、それが当たったようだ。

 昨日、西戸耕地の田植えが終わり、これから沢田耕地へ移動するようだが、今日は機械の調整と畑の遅れている仕事をかたずけなくては・・・
また、24日に議会運営委員会が開かれ6月議会の日程が決まったので時間を見つけて、一般質問での不明な点を調べる事も大事です

 先日、毛呂山高校の教頭先生が「昨年の収穫祭と同様に、今年も子ども達に関わる事業をお願いしたい」と訪ねてこられた。
 昨年は、私の方から急に伺い話をもちかけたものだったので、高校側も時間的な余裕もなく、急遽計画された毛呂山高校の生徒達が里芋の種芋を植えつけるという作業も雨で流れてしまい秋の収穫祭だけになってしまった。
今年は、高校側で3日間も時間をつくって頂き、なおかつ天候によっては変更もできるようなのでいい企画となりそうです。
 6月・9月・11月に予定を組み、「最終の11月は毛呂山町の産業祭に生徒達を参加させたい」との事、「農業の時期的な問題から米づくりの体験事業から内容をひろげていきましょう」となったのですが、毛呂山高校の生徒達が植えつける稲苗を今から急いで準備するようです。
 品種は、早生系のひとめぼれなら今からでも9月の刈り入れに間に合いますし、その後の米を使った子ども達の取り組みも幅があり大いに膨らむことでしょう・・・
 特に、「先生、この企画は是非生徒達に考えさせてくださいね」と提案いたしましたので・・・。
 教頭先生・一緒に来られた教務の先生と打ちあせながら、思わず3人で笑いが出てしまうような・・・ 11月の産業祭への毛呂山高校生徒達の参加が楽しみです。

 毛呂山高校も、今年度で最後になってしまいます。来年度は鶴ヶ島高校と統合となりますが、その鶴ヶ島高校が今年の1年生をとらなかったので心配しておりました。
 先日この件について問い合わせた結果「鶴ヶ島高校は、来年度から単位制を取り入れた新しいカリキュラムによる高校となるために準備の都合で、学生を入れなかったのです」との事。
 一安心ですが・・・、なにはともあれ今年一年、毛呂山高校の生徒達が、自分達で考え何を産業祭でやるのか?・・・
 そして思い出多い高校生活となってくれればと思います。

5月24日AM4:30更新
クールビズを徹底させましょう
梅雨の前には、夏を思わせる暑い日が続くものです。
ここにきて、雨も少なく越辺川の水位もだいぶ下がりました。田んぼをしつけているこの時期に気になるのは、水不足ですが3月議会の時にも同僚議員から「越辺川の景観がよくない」という質問に、小沢町長が「山の管理がされない事から川の河床が上がり、雑草が繁茂し川の景観を悪くしている。山に手をくわえ自然環境を守りたい」と答弁があったが、まさにそのとおりである。

 私が小さい頃には、西戸に架かる松貫橋の下は深い所で2mくらいはあったから、夏場などは松貫橋から飛び込んだものだが、今では橋から見下ろすと50cm程度の水深としてしか見えないから、とても飛び込む事など考えもできないし、そんな馬鹿もいない。
(10年くらい前息子に、「自分が子供の頃は松貫橋から飛び込んだものだ」と話したら、何日かして息子が「おとうさん、今日松貫橋から飛び込んだら、頭打って痛かったよ」と言われてビックリ!。妻には、「変なこと言わないでよ」怒られ反省したが・・・)
 
とにかく、自然環境の変化は年々悪い方へ向っています。世界規模で・・・、そして世界の人間一人一人が環境の事を認識して対策を講じていかなければならない時期でもあります。(遅いくらいですが)

 京都議定書は、
「先進国の温室効果ガス排出量について、法的拘束力のある数値目標を各国毎に設定し、国際的に協調して目標を達成するための仕組みを導入」であります。
 1990年の基準年より、日本においては
対象ガス:二酸化炭素、メタン、一酸化窒素、などを目標期間2008〜2012年までに6%削減させる事であり、2000年の9月に締結がされました。
 いま現在の削減数値は、あまり示されてはいないものの京都議定書の言葉は、テレビのニュースを見ていればときおり耳に入ってくる言葉でもあります。
 
そんな折、6月をまじかにしてこの暑さですから、地球温暖化を感じながらも「これは、6月前からクールビズだな・・・」とも思ってしまう。
 クールビズの言葉は、すでに定着しているが環境省が想定している6月1日〜9月30日の実施期間は、徹底されてるわけでもないようだ。「昔からのしきたり」というか、習慣でなかなかネクタイを取りづらいのかもしれないが、室温摂氏28度をより快適にする施策であり、エネルギーの節約がCO2の削減につながる訳なのです。
 だから、このクールビズはしっかりと徹底するべきものであり、「相手に対して失礼だから・・・」と躊躇する時代でもないのだと思う。
(例外のTPOはありますが)
 一人一人の、環境に対する小さな施策が必要な時代です。
いろいろな場面で、それぞれのクールビズを心がけましょう。

5月21日AM4:10更新
滞在型の市民農園には、驚きました・・・
 週間に2回視察研修があると後遺症が残ります。
特に、今は田植えの時期ですから稲の苗も待ってはくれません。16日〜17日の視察の前は、寝ずに二日間留守にする対策を済ませて千葉県・茨城県と回ってきました。
 今回の議員視察研修は、千葉県野田市の行政改革。茨城県取手市の子育て支援センター。茨城県笠間市の宿泊施設付き市民農園。と大変勉強になるものでした。

 特に、笠間市の市民農園クラインガルテンは(小さい庭・・という意味のドイツ語)休日などに宿泊施設に滞在して菜園活動を楽しむ本格的な市民農園で1区画につき年間40万円という契約ではありますが50区画の施設は、絶えず利用されており最長5年の契約終了後に笠間市に移り住む家族も現在までに11組いるという・・・
雑踏を離れ自然の中での生活に真の人間らしさを見いだしたのでしょう。
 この施設、6割が国・県の補助で4割が市の起債で平成8年から計画され平成14年にクラブハウスをオープンしたようですが、現在は人件費の関係で指定管理者制度を導入しJAが運営との事です。
 興味をもたせる内容ですが、今後の経年劣化による施設の修繕費など問題もあるようで、何年か経過しての状況も参考にするようでしょう。
 
帰宅後、たまっていた仕事をもくもくとこなし・・・
今日は6月議会一般質問通告の締め切りの日です・・・!
何点か絞込み夕方議会事務局に提出いたします。
 

5月16日AM4:00更新
中一日で、またまた視察研修です。
13日〜14日と、埼玉西部環境保全組合対策協議会の総会をかねての視察研修は、大変有意義なものでした。
 リサイクルプラザ川角の建設に係わり、周辺対策事業として道路整備や近隣各地区の公会堂建設補助等が行われ、残るは地域コミュニティ施設だけとなり、いわゆる「最終局面を向かえた」といっていい対策会である。
 そのために、今まで数々のお風呂を中心とした施設等見てきたが、年々どこの施設も客足が遠のいてる傾向でもある。
 今回、群馬県の高山ふれあいプラザと新潟県の寿和温泉ドリームタウンを見させていただいたが、賑わうという言葉はとうてい使えない状態!。

 それよりも、国道にある「道の駅」の方が、大変勉教になった気がする。毛呂山町は、国道がないためこの「道の駅」はできないが、町独自の特産品や農産物を扱う町の顔とも言える施設が必要である。
 今日は、先日の続きで会派の事を書きたかったが、13日、14日の毎日新聞の一面で取り上げられた「外国人研修生・実習生8割で違反労働」の記事には唖然である。
 なぜなら、日本政府も認めている、この「国際研修協力機構JITCO」の事、以前にも「私の視点」で紹介してきた孫さんから、内容やシステムなどを聞いてきた矢先だったからだ。
 最近では、4月の末に会っていろいろと話したばかりで、「5月の14日には中国から帰国するから、また飲みましょう」とニコニコしながら話してた孫さんだったが・・・。
 両国の政府が認めてる国際研修協力機構で違反労働と報道されては、その仲介をしている孫さんも大事件であるはず・・・
 まだ、孫さんからメールなどもきてないが、今後この機構の存続も危ぶまれるのではないでしょうか。

 今日、明日と、毛呂山町議会議員各委員会合同での行政視察研修
で、千葉県と茨城県を回ってきます。

5月13日AM4:30更新
その時代に見直して行くべきものがあります
埼玉県議会に何かがおきてる・・・
最近、新聞の埼玉版には必ずと言っていい程、埼玉県議会の記事がでている。
 会派届けの件にしても、あるいは会派代表質問に係わる問題も従来のやり方が世話人会で見直され、4人以上の交渉会派から議会運営委員会への出席及び代表質問の権利がなくなるようだ。
 小さな会派ほど、代表質問等で有利になるという理由のようだが、少数意見が失われる事も考えられる。
 ただ、この会派の見直しは会派制度を用いてる場合、やはりその時代に合致するように見直されるべきだとも思う。今回の県議会における交渉会派の見直しは、昭和58年からされていなかった事も鑑みれば時代の変革によるものかもしれない。
 毛呂山町議会においても、会派制を用いているが私的感情による会派のような気がしてならない。
 実は、この件以前から自分の町政報告紙「もっといいまちへ」でも書いてるが、見直さなくては・・・と考えてる。
 とはいえ、本日と明日にかけて「埼玉西部環境保全組合対策協議会」の視察研修のため、また後日になりそうです。

5月11日AM5:30更新
変わってほしいのは・・・
昨日、朝刊の埼玉版の片隅に「毛呂山町議会議員選挙は埼玉県知事選挙と同日選挙」とでていた。
 8月21日告示、8月26日投票である。一つの選挙があると約1,200万円程度の経費がかかってしまうから、ある意味では同日選挙とする事は、大きな経費削減ではあるが・・・、
 開票事務でも、即日開票と翌日開票では大きく経費の差が出るものである。だから、いくつかの自治体で、時間外勤務として職員に対して高額な時給換算になる夜間の即日開票を見直し、翌日開票を取り入れた事例もあるが・・・
 確かに、翌日開票なら職員も時間外勤務ではないから、経費削減はできるであろうが、多くの自治体で翌日開票に移行しきれないのは、それなりの理由もあるのだろう。

 開票事務にどの程度の経費か?までは算出してないが、支援者とすれば、早く知りたいものでもあり、翌日開票では、投票日が日曜日だから月曜日に開票となってしまうため、感情的にもさまざまな支障は考えられる。
 また、今回の毛呂山町議会議員の任期満了が8月31日だから、時間的にも翌日の開票を取り入れては、その後の事務手続きがずれ込み選挙管理委員会をはじめとする行政サイドの対応も忙しいであろう。
 毛呂山町の選挙管理委員会が開票に対してどのように考えているかは、まったく見当もつかないが、全国的に短期決戦型の選挙に移り変わり、またローカルマニフェストという新しい手法も加わり選挙そのものが変わってきたが、変わってほしいのは・・・、
     有権者の選挙に対する認識 ただ、それだけだと思う。
 告示まで3ヶ月だが、毛呂山町選挙管理委員会の投票率を上げる施策を是非ともお願いしたい・・・・